漫画やドラマで非常によい言葉とされていますが、漠然と不思議でした。文脈はおかしくありませんが、
「同情されたくない」
人というのは他人にいじめられたい、軽蔑されたい、ののしられたい、さげすまれたい、いびられたいと思っているんでしょうか。私にはそんな覚悟はありません。すごいです。
2ちゃんねるで「愛と死を見つめて」のスレを見て思い当たったのですが、(直接そういう話題があった訳ではありませんが)
「同情されたくない」
というのは
「馬鹿にされたくない」
という意味なんではないでしょうか。それなら私でも感情移入できるし文脈的にもすっきりします。
同情:他人の身の上になって、その感情をともにすること。特に他人の不幸や苦悩を、自分のことのように思いやっていたわること。【Yahoo辞書より】
悪い意味ではなさそうです。さらに、和英辞書だと
「sympathy, compassionは相手と対等の立場での同情・同感を意味するが,pityは相手を哀れむことを意味する」
となっています。対等の立場でない、ということは、pityは見下しが入っているということでしょうか。日本語の同情にはpityの意味合いが大きいのでしょう。warm-heartedというのもありましたが、かわいい言葉です。
馬鹿にされたくない、というのは偉そうなイメージだから言い換えているうちに「同情」そのものが悪語になってしまったのでしょうか。
「かわいそう」
というのも現代の文章では相手の人格をさげすんでいるように聞こえます。
「あなたってかわいそうな人ね」「あの人はかわいそうな人だ」
は要するに性格悪い、ということです。悪語を避けて善語を使うようにすると、今度は善語が悪語化してきます。
同情するのはよくない、からと言って説教したり意地悪をしたりするのがいいことのように言われるのはかなり嫌です。
「他人の身の上になって、その感情をともにすること。特に他人の不幸や苦悩を、自分のことのように思いやっていたわること」
は人類の道徳です。絶対必要なことです。悪いことなんかではありません。私が申し上げるのはどうかと思いますが。
3月21日の記事。かわいそうシリーズ第1弾です。
「同情されたくない」
と自分から言う人は、既に自分に同情しているように見えます。それとも
「同情するなら金をくれ」
という意味でしょうか。
同情するのはよくない、という風潮が蔓延すると、
「困っている人を見ても、見て見ぬふりをするのが正しい」
ということになりそうです。少なくとも私はそう受け取っていました。それなのに
「思いやりがない」
と責められるのは訳わかりません。