初めて会う人との間に共通の知り合いがいる場合、
「変な人だって伝えておいて」
と頼んでいました。
私と知り合ったばかりの人は、多少なりともびっくりするからです。すぐ慣れてくれますが、学校とか会社とか習い事とか共通のくくりがないと、慣れる前に逃げられてしまいます。だんだん新しい友達ができにくくなります。
変な人だと伝え聞いたその人は、本物の私に会ってあいさつの後一言。
「全然変じゃないじゃない、普通よ」
いくら私でも一目見ていきなり変ではありません。私をよく知っている人は一目見ていきなり変だと言いますが、それは中身を知っているからで、容姿は普通です。多分。
私にしてみればあいさつしただけでいきなり嘘つきと言われた気分でしたが、まだ
「相手の言葉を否定し合う会話ルール」
を知らないので
「この人の範ちゅうでは私は普通なのかな」
と思いこみます。
2時間ほど話し、
「楽しかったわ。またお会いしましょう」
と別れたのに、後日共通の知り合いから
「本当に変わった人だとびっくりしていた」
と聞かされます。途中で最初と感想が変わったならそう言ってくれればいいのに。せめて最初だけでも嘘つき呼ばわりしないでくれれば。最初のあれは何だったんだ? よく考えたらろくに会話も交わしていないのに、反応早すぎです。
仮説1 私はおおらかで心の広い人である、という自己PR語だった。
仮説2 「変な人」を謙譲の美徳語と受け取り、否定しなければならないと考えた。
仮説3 「変な人」を自慢話と受け取り、あんたなんて大したことないとけなした。
仮説3だと初対面でいきなりけなすなんてあんまりだと思うのですが、自称変人は多いので私もそうだと思われたかも知れません。確かに自称変人を本当に変わった人だなと思ったことはありません。
中学生くらいの子の家庭教師をする時、生徒の心をつかむテクニックはその子の個性的な部分を見つけて
「変わっているね」
と驚いてあげることだそうです。普通にほめるより効くそうです。変人はほめ言葉か? 自己PR語だと思われたのでしょうか。自己PR語は否定していいんでしたっけ。露骨な自慢は自己PR語とは違いますから
「私って美人だから」
「ハア? 何いってんの」
な感じだったのでしょうか。言葉は複雑です。
1月13日の金曜日の記事。
仮説4 変な人、と変わった人、の違いがある人だった。
というのもあるそうです。変な人は変質者っぽいというか悪語で、変わった人というのはほめ言葉になりうる善語。やっぱり善語と悪語で分けた方が私にはわかりやすいです。