「伝説巨神イデオン」は、異星人との接触を異文化の衝突として描いたアニメ作品です。
 「ガンダム世代 」で書きましたが、小学校高学年以降あまりアニメを見なくなりました。イデオンも、テレビも映画も見ていませんが、アニメ雑誌は熱心に購読していたので、まるで見ていたように語ることはできます。下記の語りは見ていたように語っていますが、アニメ雑誌の解説にかなり毒されている可能性はあります。
 
 異星人と言っても、アニメのお約束で日本語を話します。言葉が通じているのに文化の違いからどんどん誤解が積み上げられます。例えば地球側が白旗を揚げると異星人は挑発と受け取るという具合に。たまたま一致することもあります。
「何だ同じ人間じゃないか」
と簡単に終わりません。同じ部分があっても異文化には違いありませんから、新たな誤解の元です。
 イデオンは滅亡で終わります。子供相手としては悲惨すぎる結末。それ以前のアニメ(もっと正確にはガンダム以前)は勧善懲悪、メデタシメデタシで強引に解決する善語文化がベースになっています。ファーストガンダムもイデオンも、テレビ視聴率的には成功しませんでしたが、その世界観が熱狂的ファンに支えられ、映画になりました。
 
 さて、そろそろ言い訳をしておかないと、
「じゃあ殺人犯も異文化か」「異文化だと言えば何でも許されると思って」
という攻撃が説教族から入りそうです。私は殺されるのはいやなので、殺人犯は厳罰に処して欲しいと願う者です。
 私は「文化に優劣はあるのか」というタイトルで4つの記事を書きました。
「異文化は共存できるのか」「理解し合えるのか」
というタイトルにしなかったのは、イデオンのラスト同様、それは「集」としては困難に思えたからです。イデオンでも、「個」としては異星人と友情や恋が芽生えますが、「集」としては最後まで交わることはできなかったようです。
 ただ滅亡に向かうだけでは、視聴者は次回を楽しみにできません。(視聴者的に)明るい材料は、地球人の男性と異星人の女性の間に子供ができたことでした。その子はメシア(救世主)と呼ばれ、2つの文化を結びつける存在として期待されますが、その子の誕生は滅亡に間に合いませんでした。

 異文化が理解し合おうとする時、両者を結びつけるキーマンの存在は重要です。わたりとりさんの「二十四人の話者 」のコメント欄には、
「混成コミュニケーションが成功するポイントはブリッジをかけられる人がいるかどうか」
とありました。
 耳の聞こえない両親から生まれた聞こえる子供はコーダと呼ばれ、「聞こえる文化」と「聞こえない文化」の架け橋として期待されるようです。
 私たちは「彼ら」ときっと出会えます。

 

 

 12月29日の記事。アニメネタはつい語ってしまいますが、動くイデオンを1度も見たことはありません。イデオンの操縦者である主人公ユウキコスモのアフロヘアはいただけませんでした。