新作です。説教族という言葉で検索した時に当たったブログがたまたまアメブロだったので、(勇気を出して)アメブロ版よりトラックバック。

 記事は、「喪男・オタ・電波男を観察する人たち 」オタとASは共通項多いから説教族のターゲットになりやすいのでしょう。説教族の一味はあちこちで迷惑をかけている模様です。彼らがいろいろな場所に出現しているのは間違いないようです。

 

 この記事の文中には説教族というキーワードはありません。内容は説教族論ですが。ヒットしたのはコメントです。

>説教族の脳が何者かに侵略されてるんじゃないかとすら思います。

そうか、あれは侵略されていたのですね。

 

 まだ彼らの正体は研究中で、全貌が見えません。異文化として認めるべきか、全く別な枠組みの中にいるのか、彼ら自身も、他者を攻撃することでしか自我を保てないマイノリティなのか。はっきり言って一緒にはされたくありませんが。

 説教族という言葉自体はそれほどオリジナリティはありませんが、検索するとだいたい私かお友達のブログにたどりつきます。だから自分の造語(初出は8月24日のコメントでした。多分)と思っていましたが、おつき合いのない他のブログにこの言葉があって、同じ意味で使われているのはなかなか興味深いものがあります。

 

 この記事の最後の一文

「喪男やオタを考察したがるサイトに、脱オタ経験者が多いのはなにかの偶然だろうか…?」

が、Yahoo版の方にわたりとりさんが下さったコメント

「説教族は自分に近い環境・背景の相手ほど、確信を持って「同じであれ」と迫る。それが攻撃の形態をとって現れる。マジョリティかマイノリティかは、関係ないかもしれません。(マイノリティの説教族のかたも、いらっしゃいましたね)。違う価値観を攻撃する・排斥する心理の底には、なにがあるんでしょうね? そこに光を当てたい、その先に答えがあると私は思っています」

とシンクロします。何があるのでしょう。