前に紹介 したミステリー小説「エデンの命題」読み終わりました。新書半冊分くらいの中編なのでそんなすごい話ではなかったけれど、イブはアダムのクローンという話は面白かったです。
 聖書ではイブはアダムの肋骨から作られたとなっています。それでクローン、というのはわかりますが男性のクローンが女性になれるのか、というのはなかなか新しいです。この小説の中では科学的に可能と説明されています。
 
 ASがどんな風に描かれているかというのは、ネタばれになるといけないので詳しくは申せませんが、ASはだまされやすいので気をつけましょうということです。
 昨日の占いの話 ではありませんが、世の中には本当に悪い人間も絶望も不安も危険も不公平もいっぱいあるのに、言葉にする時は世界は素敵で未来は希望に満ち、世の中にはいい人があふれているように表現しなければなりません。
 何度も言っておりますが、その善語にいつもだまされるのです。自分を守ろうとする時、私の言語はネガティブと呼ばれます。
 
 現実にはアスピー・エデンは存在しませんが、R氏の話 の時、私は
「地上の楽園はきっとあります」  
と書きました。これ悪語ですか。その語の展開を考えると悪語っぽく受け取られた(甘えている、努力する気がない、など)ような気がします。
「いくつになったってチャンスはある」
は善語ですよね。どっちも他力本願的なのに。楽園と言う言葉が悪語なのでしょうか。もしや「楽」という字が楽をしようとしているように見えるとか。
「生きていける場所はきっとあります」
ならどうでしょうか。
 読書感想文コンクール佳作の海風先生の 解説 から定型発達者語への翻訳方法を学んでおります。とても面白そうです。

 

 

 12月7日の記事。ネタばれに気を使ってろくな感想が書けません。善語悪語研究は面白いけど、実用化するには背中がかゆすぎます。みんなこんな言葉を使って背中がかゆくならないのでしょうか。

 説教族で検索かけたら、関係ブログが出てきます。わが造語も世界に羽ばたく、わけはありません。