七夕ですね。別に七夕に関係のある話を書こうとしている訳ではないのですが、祈っておこうと思いまして。幸せになれますように。
 ブログを初めて5ヶ月、発達障害とわかり、いろいろごちゃごちゃ考えてきたけど、わかって本当によかったです。知ったからこそ生きやすくなったし、全てに感謝できるようになりました。
 
 今の職場を選べたのも、自分を知ったからです。時間に正確で緻密な自分の長所を生かせるし、同僚がいないから人間関係の問題もありません。人間関係苦手なんてずっと認めたくなくて、そんなこと口にするのは言い訳だと思って、そんなダメな人間ではないと思いたくてがんばりすぎたけど、素直に認めることができて、ストーンと落ち着けました。
 会話も少しうまくなりました。こう言ったら相手はこう思うだろうからこういう風に言おう、多分普通はこう取るだろうから、こんな風に、と予測を立てて、シナリオ作るのは変わりませんが、もしかして空気読んでるかな。ちょこっとだけ。
 
 自分を知ることで、身の丈に合った環境を選ぶことができます。他人を知ることで、世界に近づけます。うれしい。楽しい。大丈夫、大丈夫。私が幸せになったっていいですよね。そんなに苦しまなくてもいいですよね。

 

 

 7月7日の記事。主要メンバー(と私が勝手に考えている人)が集まってくれて楽しかったのです、が。ここに私は例の事件の萌芽を見出します。私は幸せになどなってはいけなかったのです。這い上がるための血のにじむような努力を、少なくともブログの文面には出さなければならなかったのです。

 自己PR語こそが正しいと信じる(正しいのは正しいのですが。多数派だから)人々は、幸せになりたくはないのでしょうか。自分は幸せになりたいけど人がなるのは許せないのでしょうか。だから人をおとしめることでいかに自分の優越性を示そうしたのでしょうか。彼らがいる限り、私は幸せになりたいと語ることすらできません。