かんさつ日記6 では私の定説を覆す衝撃的なコメントも多く、ためになりました。
「人間のクズって切った後の髪の毛とかかしら」
という自分の発言が、
「比ゆ表現を理解できない」
特徴を如実に表しているようで、引いてしまった人もいるかも知れません。

 私だって「人間のクズ」と言われたら嫌な気持ちにはなります。でもずーっと記憶に残って何かのはずみで思い出して暴れだしたくなる、フラッシュバックワードにはなりません。
 他の方のコメントを見ながら
「言葉そのものよりもその背後にある悪意に傷つくのではないか」
と考えたりしました。
 例えば「○ァックユー」だったらどうでしょうか。アメリカ人の怒る言葉のようですが、日本人でもその背後にある悪意を感じて腹を立てたり傷ついたりするのでしょうか。

 私は気持ちではなく言葉に反応するから、違う受け取り方になるのでしょうか。善意の言葉に傷ついたり、悪意の言葉に救われたり。自分が言われてうれしかったことを人に言って傷つけてしまったり。
 彼らの領域にいつか近づけるのでしょうか。3年後、5年後、10年後。旅はまだ始まったばかりです。



 7月3日の記事。順序を入れ替えたので離れてしまいましたが、「かんさつ日記6」の翌日の記事です。もっと時間がかかると思いましたが、自己PR語の発見で一気に近づいた気がします。まだまだでしょうか。ところで、どなたか「○ァックユー」と言われたらどんな感じか解説していただけませんか。