同じ質問を何回もしてはいけない、というのはあちこちで聞きます。しかし仕事というのは、同じシチュエーションだからといって同じ処理をしていいとは限りません。
「勝手に判断するな」
と怒られます。いちいち聞くと、
「同じことを何回聞いたら覚えるんだ」
とやはり怒られます。新卒1年目の頃、それで朝から晩まで怒られる私に同僚が
「質問するから覚えていないように思われるのよ。確認すればいいのよ」
ととてもすごい情報のように教えてくれました。そんな微妙なこと言われても、同じにしか聞こえません。
「確認ですが、と必ず前につけるようにしたら」
それであれだけ怒っている人が怒らなくなるんですか。本当でしょうか。

 半信半疑で、緊張しながら上司に話しかけます。
「カ、カ、カ、カクニンですが」
自分でも意味わかっていない、使い慣れない言葉を使おうとして声がうわずり、発音は普段にも増して変です。親でもいやがるわざとらしい引きつった笑顔が張りつき、挙動不審全開、そのせいかやはり怒られてしまいました。

 何となく会社でのコミュニケーションがうまくいかない私に、
「質問でなく確認をする」
「命令でなくお願いしてみるといい」
「怒っているのではなく、叱っている」
などのアドバイスをしてくれる方がたくさんいたのですが、心地よい言葉に言い換えているだけで何の解決にもなりません。全然違わないではありませんか。
 セクハラおやじが
「セクハラではない、スキンシップだ」
と言っているみたいです。
 そういう微妙な違いが他の人には区別がついているのでしょう。私には同じに見えても。
「これは確認です、確認です、断じて質問ではありません」
という非言語のメッセージがどこかから発信されているのです。

 怒らない人はちょっとフレーズが違ったくらいで怒ったりしませんが、怒る人はどんなに表現や話し方を工夫しても怒ります。
 だからもう「ああしたら」「こうしたら」で解決することはできないのです。会社で不幸にして怒る人に当たってしまったら、近寄らないことや配置換えがかなわなければ辞めるしかないのでしょう。マニュアル化を試みましたがこればかりはどうしようもない気がします。

 なお、申し訳ございませんが、
「こういう風に区別すればいい」
というコメントは避けて下さい。
「両手を上げれば質問で右手を上げれば確認」
という全国的な統一ルールがあって私が知らないだけ、というなら別ですが、恐らく説明していただいても私には区別がつかないものです。過去散々言われ続け、工夫もしてきました。
 辞書的な意味ならわかりますが、その場の雰囲気や心はわからないのです。質問と確認、命令とお願いの違いは人によっても微妙でお手上げです。

 

 

 6月29日の記事。後々アメブロ版が荒れた時問題になった49コメントがついています。久しぶりに読み直して、とても生き生きした楽しいやり取りであったと思いました。しつこくはありましたが、私の言葉をわからない人のコメントは、

「ああ、こういう部分がわからないのだな」

と新たな記事のヒントになりました。アメブロ版を開設したことを後悔はしませんが、開設しなければあんなお別れにはならなかったでしょう。

 Yahooブログのコメント欄は制限字数250字なのですが、ブラウザがNetscape7.1だと無制限に書けると最近知りました。例の人はNetscapeを使っていらっしゃると以前おっしゃっていたので、1人コメントが長文。ただアメブロと違って改行、空白が使えないので見づらいです。

 質問と確認の違いは「ですか?」と「ですよね?」だと解説して下さっていましたが、そんな細かい語尾の違いで烈火のごとく怒り出す人ような人が、「ですよね?」では絶対怒らないと言い切れるでしょうか。

 地域にもよるでしょうが、「ですよね?」が目上の人に使う言葉とはとても思えません。かなり親しい先輩ならいいかも知れませんが、カジュアルで押しつけがましい印象です。(参考:新潮文庫「そんな言い方ないだろう」)

 私は敬語などの言葉づかいは、こう見えても(見えない)丁寧です。それが形式的な印象を与えるかも知れませんが、フレーズに気を配っても配らなくてもダメなら、どうしたらいいんだという感じです。何でもそこそこにできなくて、両極端に行きすぎなんですが。