ある人のコメントを引用
「やる気があるかどうかを推測するのに「真剣さ」を見ます。たとえば、実際に作業をやって見せている時の様子とか。自分でメモを取っていたり、じっと手元なりを見て実演している作業の手順を追っていたりするのを見て「やる気が無い」とは判断しません。教える側も一度で覚えきるとは思ってませんから(少なくとも私は)、2度3度やってみせて覚え具合を見ます。ぶきっちょさんで私がやった作業を上手くトレースできないのは見ていてわかりますし、説明が上手く伝わっていないようであれば、言葉を変えたり違う見方をしてもらったりします」
を元に、私の理想とする「仕事の教えられ方」を書いてみます。これは自分の感覚を反映しているので全ての自閉圏の方にあてはまるとは限りません。
1 やるべき作業をやって見せて下さい。この時は無理にメモを取らせないで下さい。最初から最後まで一連の流れを見せることで映像記憶に訴えます。全体の流れを理解していない段階で無理にメモ取らせると訳わからないメモしかできません。聞いていないように見えますが気にしないで下さい。
2 「では同じようにやってみて」と言って下さい。全くできませんが、「メモを取らないからだ」と怒らないで下さい。頭に入っているから手足が動くとは限らんのです。この段階ではまだ動作脳ちゃんに伝わっていません。
3 口頭で説明しながら作業をさせて下さい。(作業手順文書があれば尚可)なかなかできなくても「ほら、こうでしょ」と取り上げてやってみせるのは、私が希望しない限りしないで下さい。動作脳ちゃんは作業しないと覚えません。指令脳ちゃんは「わかっているのに」と反発します。
4 作業をさせながらメモを取らせます。(作業手順書があれば、そこに書きこませる形で)作業をさせることで動作脳ちゃんに伝わり、初めて教わったことがまとまります。動作脳ちゃんの理解が深まると質問が出てきますが「どっちでもいい」「それでもいいよ」は禁物。
5 メモを見ながらもう一度やらせ、うまくできなければメモ追加。完璧にできるようになるまでさせて下さい。「だいたいできるようになったから後は実際にやらせて気づいた時にその都度注意しよう」というのは避けて下さい。注意される度に自分を否定されたと思い、どんどん沈んでいきます。
6 メモを元にパソコンできれいに打ち直させて下さい。手書きだと汚くて自分でも見る気がしないというのもありますが、動作脳ちゃんが身につけたことを指令脳ちゃんにフィードバックし、情報の共有化を図れます。
面倒ですか。やり方さえ合わせてもらえれば覚えの悪い方ではないのですが。
ポイントは、指導者は指令脳ちゃんに教え、指令脳ちゃんが動作脳ちゃんに教えるという図式。つまり、指令脳ちゃんには、その作業ができるように教えるのではなく、「人に教えられるレベル」にもっていかないといけないのです。
作業する分には必要ないけど人に教えるには必要な情報がありますよね。それも教えないと、指令脳ちゃんは動作脳ちゃんに教えることができずにパニクるのです。
かなり怒られポイント多いですね。こんな私を怒る人より怒らない人の方が多かったのは不思議です。
「プロジェクターって何でプロジェクターという名前なんですか」
という私のお馬鹿な質問に、一緒に辞書を引いてくれた人、どうしてもプロジェクターという名前になじめず自動映写機と呼び続ける私に
「はいはいプロジェクターね」
と返してくれた人、みんな優しかったです。今はプロジェクターと呼んでいますよ。操作方法覚えたから。
6月25日の記事。はあ、いよいよここに来たか。触れずに通り過ぎたかったのですが、この記事はコメントの人以外は反応よかったので、立ち向かいます。
人に物を教えたいという願望の強い人が何と多いことか。読んで下さる方に、全部の記事を読めとは申しませんが、私に「指導」したいなら全記事を読まないといけなくありませんか。(全記事を読めば指導してもいいという意味ではありません)
このブログの常連様にも私にものを教えることのできる人はいますが、そういう人は私にわかる言葉を使います。自己PR語や謙譲の美徳では私には伝わりません。
コメントの人は後に、「言ってくれないとわからない」と書きましたが、記事でもコメントでも何回も書いています。私に表現力がなくてわからなかったというのなら、そのわからない人が、指導しようということがおこがましいとは思わないのでしょうか。
よく見ると、この時のコメントの反応も他の人と全然違います。例えば、「どっちでもいい」が混乱することが伝わってなく、「そういう時はやりやすい方でやってもらう」という返答です。
多分、私を理解したかったのではなく、自分より劣った人間を指導することで自己顕示欲を満足させたかった、尊敬されたかった、感謝されたかったのでしょう。人をそんな風に受け取るのはよくない、と思っていました。しかし世の中には本当に悪意ある人間というのも存在します。
これは、私がブログ活動を続ける上でのひとつの転機というか試練でした。私は、1人でもわからない人がいるのは自分の表現力がないからだと信じて、いろいろ形を変えて表現してきましたが、相手にするべきではありませんでした。1人だけ伝わらないのはその人に理解力がないからだと切り替え、無視に限ります。この段階では、ですが。