モチベーションシリーズのコメントは、思いがけないヒントを与えてくれます。モチベーションと記憶力に関連があるなど思いもしませんでした。
「やる気があれば覚えられる」
は
「できないと思っているからできないんだ」
につながる体育会系精神論で、とても信じられませんでした。しかしご意見を読む限り、定型発達者にはこの精神論が実体を伴うようです。
私はプロ野球が好きなのですが、逆転ホームランなどで解説者が
「今のは気持ちで打った一発ですね」
と言っているのを
「んな訳ねーじゃん」
と笑っていました。勝ちたいという気持ちはどちらもあるはず、何でも精神論に結びつける解説者の論調は奇妙なものに映りました。
しかし魔法を使う能力にも段階はあって、イチローは技術だけでなく超能力も卓越しているのかも知れません。より打ちたいと思うから打てる、より勝ちたいと思っている方が勝つ、願う力が魔法をより高めているのでしょうか。魔法を使えない私にはさっぱりですが。
がんばれば誰でもプロスポーツ選手になれる訳ではないし、誰でも東大に入れる訳ではない、定型発達者だってそんなことは知っているはずです。それでも
「努力が足りない」
と言われるのは、
「こんなに努力している」
という無言のメッセージの発信能力がないだけではなく、
「できると思えばできる」
という魔法が存在し、それが使えないからでしょうか。だとしたら、定型発達者の攻撃にも一定の真実があります。私が魔法を使えないことを誰も知らないのですから。
「アスペルガー的ビジネス用語講座」の中で、ポジティブに考えれば幸運が舞い込むということが、定型発達者には本当にあるらしいと書きました。これもその魔法のひとつだったのですね。
タイトルには和解と書きましたがまだ和解はできていません。ただ定型発達者には精神論が一定の効果をもたらすのだと知識を得ることで、私自身のストレスも軽減できそうです。
「努力が足りない」にまつわる様々なフラッシュバックエピソードを許すために、こうしてひとつひとつ学んで、理解していけばいいのです。
6月18日の記事。私としては歩み寄ったつもりで書いたのですが、イマイチ不評でした。自己PR語の概念を発見できていれば、もう少し理解が進んでいたかも知れません。
もうひとつ情報を加えるなら、Yahooで最近書いたのですが、
「正常な人間は、その内部においては大きな能力差がない」
のだそうです。だからある能力から、
「他のこともこれくらいはできるだろう」
という想像が無意識になされているような気がします。私は文章が上手いと(現実でも)言っていただけるのですが、私の能力の中には、普通の範ちゅうにはとても入らないほど劣っている部分もあります。それを人は
「やる気がない」「やろうという意志がない」
と呼びます。
このことを、どんなに言葉をつくしても伝わらない人はいます。掲載当時のYahooのコメント欄を見ると、後にアメブロ版が荒れた大元の説教が既に始まっています。なぜこの時、削除とは言わないまでも無視という選択をできなかったのか、悔やまれます。