アスペルガー症候群のきっかけになったカウンセリングの前に、私は何度か電話カウンセリングを利用しました。
 本物のカウンセリングに行くにはまだ勇気がなかったからです。当時私は記憶力がなくなったことをとても真剣に悩んでいました。

 電話カウンセリングは顔が見えませんから私としても過度の期待をせず、聞いてもらって落ち着きたいという気持ちでした。しかし電話カウンセラーは、相手の気持ちに寄り添うというカウンセリングの基礎を全然実践してくれません。記憶力がないという悩みをあまりにばかばかしいと思われたのでしょうか。
「それはまだ短期間で、お仕事に慣れていないせいですよ」
半年で、覚えられなくて解雇されたんですが。
「ちゃんとやっていける職場もあったのでしょう。たまたま合わない職場が続いただけですよ」
これは励ましているつもりなんでしょうか。これでいいことを言ってもらえたと思う人もいるのでしょうか。

 私は自分の訴えを全て否定された、わかってもらえなかったという疲労感が残っただけでした。その程度のことなら友達でも言えます。
 その電話カウンセラーは臨床心理士の資格をもっているということでしたが、その後出会った臨床心理士に比べて、私の言葉をことごとく否定するだけで、困っている気持ちを全然汲んでくれませんでした。
 もっとも、その後出会った臨床心理士は私が発達障害者であることを知っています。発達障害者には定型発達者と違う接し方をする必要があると知っている訳で、定型発達者にはあの電話カウンセリングのような応対でいいのでしょうか。

 そう言えば、
「太っちゃって困っている」
と言った友達に
「そうか、大変だね、ダイエットは辛いよね」
と気持ちを汲むように答えたら
「何で否定しないの」
と怒られてしまいました。
 相手が自己否定している時は、気持ちに寄り添うのではなく、それを否定しないといけないのですね。奥が深いです。
 以前は、誰でも否定されるより肯定された方がうれしいはず、と思っていました。否定し合っていて会話が楽しいのでしょうか。自分が言われていやなことを人に言うのは抵抗が大きいです。しかしこの会話法をマスターしなくては。

 

 

 6月1日の記事。ちょうど去年の今ごろ、全く思い通りにならない記憶力に悩んでこの電話カウンセリングを受けました。友達にも聞きました。

「記憶力が全然ないの。何かの病気かも」

「30過ぎると誰だってそうだよ」

「本当にぜん、ぜん、覚えられないんだよ」

「本当にぜん、ぜん、覚えられないよ。信じられないくらい」

「そうかなあ」

やっぱり言葉が通じていません。ぜん、ぜん、覚えられないの意味が違います。これまでの人生で

「誰だってそうだ」

と言われたことの意味がほとんど違っていたことを知ってがく然としました。

「誰だってそうだ」

は今もNGワード。