言葉には人を癒す力があります。私が職場で「何をしても怒らないでほめてくれ」という無茶な要求を通した時のように、今回も私の無茶な要求に多くの方が応じて下さいました。ごめんなさい。そして、助けてくれてありがとうございます。応援してくれる方のためにも真人間にならなくては。
もう少し、加害者としての自分をしっかり見つめたいのですが、「怒りの仕組み
」を書いた時のことが尾を引いていて、勇気がありません。「あなたはひどい人間だ」よりも「そんなの誰でも同じ」の方が怖いのです。
自分のこととしてではなく、人に仮託してなら書けそうです。その人はもちろん、R氏。参照: かんさつ日記
診断前の私はR氏同様、自分が悪いとは全く思っていません。そこで
「あなたのこういう点がよくないので改めるように」
と言われても防衛本能が先に立って聞く耳を持たなかったはずです。
原因が自分の側にあることを知ってからは、変なことがあっても
「見ている世界が違う」
と強引に納得できるのですが、R氏はきっと自分が悪いとは思わず混乱しまくっているのでしょう。知っていると知らないでは大変な違いです。(しつこいですがR氏を自閉だと言っているわけではありません)
あれだけ周囲に迷惑を振りまいているようでは許してあげてね、ではさすがに済みません。では、どうしても注意しなければならない時、どうすればいいのでしょう。鈍いから言われないとわからないし、言われたら防衛反応起こすし。
自分のことは客観的に見れなくても、私はR氏を通して自分の姿を見ると結構反省できるのです。これは何かのヒントにならないでしょうか。
苦言に全然傷つかないことはないけれど、すごく信頼している人、私を絶対攻撃しないと信じられる人の言葉なら、こちらが攻撃態勢に入っていない分、すっと入ってくることもあります。その前後10回くらいほめないといけませんが。
今日はここまでしか思いつかないので、投げてみます。誰かがヒントを下さるかも知れません。こういうのはレイチ様が得意なのですが、最近お忙しいそうで登場がありません。どなたか、何か、思いつくことはありませんか。
5月21日の記事。わたりとりさんのコメントを全文引用。
「R氏の記事を読んで、ひとつ提案。当事者同士で書面を交わしてはどうでしょう。相手に何を期待しているのか、何をやめて欲しいか、感情を交えず理由を添えて、具体的に書き出す。コミュニケーションの契約書みたいなものです。違反したら、罰があるわけではないが、言い訳は無し、とか。どんな人間でも、その時と場によって感情的なことや矛盾したことを言います。それは仕方の無いことですから、緩和措置をとるわけ。・・・実はこれ、私の会社の社長にやって欲しいんですがね^^」
順番に写していたのに、わたりとりさんの初登場シーンに気づきませんでした。他の人の初登場シーンはだいたい覚えているのに。長いおつき合いになりましたが、ごめんなさい、実はすぐいなくなるかなと思っていました。自閉症や発達障碍に興味ある訳ではなさそうだし、そのうち私の言動にあきれてしまうのではと。今や他の常連様にも慕われるリーダー格です。いつもヒントいただいています。ここでコメントしてくれないかな、とお待ちしております。