シャコー・ジレー。フランスの画家の名前のように響きのきれいな言葉です。嘘の言い換え表現だとしても、美しい言葉は好きです。とげがあってもバラはきれい。その美しさは色あせません。

 
 私は人の言葉を本当と嘘の2種類にしか分類できません。中間分類も可能ですが、
「こういう時は本当でこういう時は嘘」
という注釈が必要です。
 言葉がストーンと心の奥に浸透する前に呪文を唱えます。
(社交辞令、社交辞令、社交辞令)
そうでないと「本当」に分類してしまいます。そして途方にくれます。
 
 仕事関係者の中にも、私を理解しようと多大な努力をしてくれ、とてもうまくやってきた人もいます。その人たちはいくつか印象的な言葉を残しました。

 
「やる気を出してもらうためや励ますため、傷つけないためにそういう風に言うことはある。今もそれは間違っていないと思う。でもあなたには言うべきではなかった」

 
「あなたは嘘を言ってはいけない人」

 
「こちらが思いやりのつもりでも、あなたは本当か嘘かでしか評価しないから、信頼を取り戻すためには本当のことを言い続けるしかない」

 
誰だって自分の家族や立場の方が大事だ、と教えてくれたのもこの人たちでした。その時は本当でも後で嘘になった時は理由を説明してくれました。私の独特の過激な表現も理解しようと努めてくれました。

 そこまでたどりつくにはお互いに多くのエネルギーを費やしました。自分が定型発達者と違う世界を見ていると知った今は他の人にそれを求めることはできません。
 しかし私にどうにか社会の中を泳ぐ術を教えてくれたのは、この数少ない「本当のことを言ってくれた」人たちでした。どういう時人は嘘をつくのか。私たちが社会で生きていくには、こういうことを教えてくれる定型発達者に出会えるかどうかは、大きなポイントのひとつです。

 

 

 4月17日の記事。「アスペルガー的ビジネス用語講座1」の反響を受けて書きました。私が生きてこれたのは、私の「違う世界の言葉」を聞こうとした人たちのお陰です。私は嘘の意味をまだ知りません。私の言葉を聞こうとした人たちも、私の嘘が何を指しているのかわかりません。

 この人たちが特別善意の人とは限りませんが、奇跡の人々です。