昔々、社会人になって2年目。最初の上司に嫌われて男性ばかりの部署から女性ばかりの部署に異動しました。
 同じフロアの別な部署の女性の先輩がそのフロアの女子社員のリーダー(いわゆるお局)でした。人数は多くありませんでしたが、全員で化粧直しをする昼休みの化粧室は定型発達者であっても恐怖を感じるに違いありません。
 眉を描けば「化粧がんばるね」
 歯を磨かなければ「気持ち悪くないの」
 化粧直しをしなければ「社会人なんだから」
とうっとうしいことこの上ありません。前年人間関係がうまくいかなかったので、うまくやりたい一心で昼休みを耐えました。
 
(男性の方、わかりにくかったらごめんなさい)私がフェイスパウダーをスポンジで肌に乗せ、ブラシで払っていると、背後から先輩が
「あんた何やっているの、こうすればいいのよ」
とスポンジを取り上げ、私の顔をこすり始めました。
「やめて下さい」
「いいからいいから、任せなさい」
こういう時、日本語が通じない恐怖を感じます。この先輩は全く悪気はないのです。だったらなぜやめてくれないのでしょう。

 
 相手は会社の先輩です。暴漢に襲われたかのような悲鳴をあげ泣き叫ぶことも、怒りをあらわにして怒鳴ることもできません。私は日常生活のいろいろなパターンのシナリオを用意していますが、
「化粧室でスポンジを持って襲いかかる先輩への対処法」
は準備していませんでした。
「ナイフで襲いかかる先輩」
の方が(命の危険は別として)まだ対処可能です。それなら暴漢に襲われた時に準ずる対応でおかしくないからです。
「スポンジで襲いかかる先輩」
に暴漢に襲われたかのような対処をすれば人間関係を悪くすること疑いありません。周りもぎょっとするでしょう。

「先輩やめて」
と笑いながら手をかざしてもそんなに嫌がっているように見えないのかも知れませんが、いやなことをやめてもらうのになぜそんな高度な交渉力(定型発達者なら何でもないかも知れませんが)が必要なのでしょう。「やめて欲しい」という言葉はそこに響くだけで私の外の世界には届きません。
「ほらきれいになったでしょう」
先輩は満足そうです。
「ありがとうございます」
というしかありません。そうしないと人間関係がおかしくなります。顔がひりひりしてきてかゆいです。

 30分後、私は猛烈なかゆみと痛みにおそわれ、赤くはれ上がり、化粧を落として早退し、皮膚科に向かいました。自閉症が強い感覚過敏を持っていると知ったのは最近です。
 事件現場に居合わせた同僚が、先輩にこのことを話したようですが、謝罪の言葉はなく、その後もこの先輩とはあまりうまくいきませんでした。
 その後は同じ場があれば(2度とないが)

「私摩擦にすごくアレルギーがあって、他の人に肌を触らせるとすぐ腫れるんです」

と伝えるという対処法が出来上がりました。ただ敏感肌だと言っても、
「今みんなそういうよね」「私だって敏感肌だから大丈夫」
と言われるのでだめです。この言葉には私が恐れる「そんなの誰だって同じだ」の意味が含まれています。
 私としては笑い話で済まない命がけの話で、悪気のない人から身を守るためには常に危険を想定したあらゆるシナリオが必要であると再認識したのでした。
 

 

 3月29日の記事。コメントを見ると、こういう先輩の対処は誰にとっても大変そうです。男性は、昼休みの化粧室の恐ろしさを知らないようです。