こういうタイトルにすると瞬間訪問者が3倍くらい違います、あ、帰らないで下さい、嘘ではありません。

 修学旅行で何が困るといえば、お風呂をどう入るか、ということにつきます。中学生からお風呂は1人で入っていますから入り方くらいはわかりますが、自分が自然にやっていることが人から見るとおかしいということはもう知っていましたから、他の人たちとお風呂に入る時どうふるまったらよいか、すごく悩みました。
「そんなこと人は気にしないよ。みんな堂々と入っているわよ」
母は笑うのですが、女子高生の私は綿密な計画を立て、母に確認、「ああそれでいいって」と投げやりなOKをもらいました。その計画の全貌は下記の通りです。

 髪をまとめる、かけ湯をする、顔を洗う、湯船につかってしばらく談笑。内容は
「疲れたね」「明日起きられるかな」「広いね」「これ温泉かな」など。
明らかに温泉とわかる場合は間抜けになるので事前に周辺調査、調査の結果「肌にいい」などの情報が得られたら

「肌にいいって入り口のところに書いてあったね」

と何気ない話題に使う。
 湯船から出て腰掛けを確保し、シャワーの前で腰掛けに座り、髪と身体を洗う、腰掛けと洗面器はシャワーでざっと流し、腰掛けの上に洗面器を伏せる。
 もう1度湯船に入り、再び談笑。

「私風呂長いんだよね(あるいは短いんだよね。状況による)」
湯船から出て脱衣所へ。
 尚、一緒に入った友達の手順が違う場合、例えば湯船に入る前に髪を洗うなどがあれば、臨機応変に順序を変える。洗面器がなければシャワーでかけ湯をする、両方ないということはないだろうが、その場合であれば

「かけ湯どうする」

と人に聞いても不自然ではないはず。腰掛けがない場合はどんな姿勢で身体を洗うのか他の人を見る。あまり見ていると変態だと思われるので、1人に絞って1秒で判断。洗面器と腰掛けの置き場所が決まっている場合はそこに戻す。

 完璧です。これで「風呂の入り方まで変」などと誰も思うはずはありません。そして問題の修学旅行、入浴プロジェクト決行の瞬間が参りました。
 湯船での談笑プランもできており、事前準備ばっちりながらも不安な面持ちで風呂場の扉を開けた私に友人達の驚がくの視線が一斉に集まりました。
 えええ、早くも失敗か、私の完璧なレシピのどこに不備が、そういえば扉を開けるところから考えていなかった、準備が足りなかったか。しかし母の「みんな堂々と入っているわよ」という言葉を思い出し、視線に気づかぬふりをして堂々と入りました。ここでパニクると後の計画が全てだめになります。
 誰も声をかけてくれません。どこがそんなに変だったのだろう、と悩んでいたら、後から入ってくる人たちを見てわかりました。
 みんなタオルで身体を隠して恥ずかしそうに入ってきます。隠さないといけなかったんだ、堂々とではない、恥ずかしそうに入らなければならなかったんだ、そんなの教えてくれなかったではないか。

 修学旅行から帰ると、私は母にこの失敗を語り、責めました。母は涙を流して笑いました。
「そんなの常識でしょ、普通隠すでしょ」
「みんな堂々と入るって言ってたじゃない、恥ずかしがることはないって」
私は人前で裸になることはすごく恐怖だったのです。その恐怖を乗り越えるための事前準備だったのに、まるで恥知らずみたいに思われるなんて。
「そんなこと、言わないとわからないなんて、思わないよ」
母は苦しそうに笑い続けます。

 大学の合宿や社員旅行でもお風呂は恐怖アイテムでしたが、この時の苦い経験から、「普通に見えるお風呂の入り方」のポイントはマスターすることができました。うっかりリラックスすると失敗するので常にイメージトレーニングは必要です。しかし年取るとみんな本当に堂々と入りますね。
 
 

 3月13日の記事。お気に入りの一品です。予想通り新着で30人くらい来てくれました。

 いつもやっていること以外は何でもシミュレーション、メモは欠かせません。年を取ると「面白い人」では済まされなくなってきます。この数年後、大学の友達にこの話をしたら

「恥を知らないのね」

と言われてしまいました。恥を知らない訳ではなーい、恥ずかしいから恥ずかしそうにするとか、身体を隠すという発想にならないだけです。