これまで、当ブログではスプラトゥーンに関する攻略・小技・立ち回りなどの記事を書いてきました。
数は多くないものの幾人かの方々に読んでいただき、ありがたく感じています。
さて、今回はスプラトゥーンとまったく関係ない話をします。
先日、友人から不思議な噂を耳にしました。
ポケットモンスターにスクラビングバブルが登場するというものです。
スクラビングバブルとは……数年前から販売されているトイレ掃除道具のことである。
ちなみにこのキャラクターの正式名称は「バブルくん」
多くの人が、そんなバカな……と思うでしょう。
ポケットモンスターもかれこれ20年以上(正確には1996年2月に赤・緑が発売されたので22年)の歴史があり、最新作のサン・ムーンは「第7世代」と言われています。登場したポケモンは800種類以上、最新式ポケモン図鑑も膨大な量になっており、これを全てチェックするというのは困難を極めます。
しかし、この話をした友人はさらにすごいことを言いました。
「スクラビングバブルは20年以上前に登場している」
そんなバカな……。
スクラビングバブルを探す旅へ……
20年以上前に登場しているとなれば、時は初代赤・緑しか登場していないタイミングです。青とピカチュウ版もあったか。
しかし当時のポケモン図鑑151匹をいくら探してもそれらしいポケモンは登場しません。
この噂は嘘だったのか……そう思った矢先、昔懐かしいマンガを見つけました。
ポケットモンスター(作・穴久保幸作)。連載初期は「ふしぎポケモン ピッピ」というタイトルで始まり、5話あたりから「ポケットモンスター」に改題、その後現在に至るまでずっと連載されている長寿マンガです。
いろいろ探し回って疲れていたところだったので、休憩がてら読み始めます。
穴久保幸作版のポケットモンスターについて一通り確認しておきましょう。この穴久保先生のポケットモンスター、非常にクセが強く、ゲームの「ポケットモンスター」とはかなり違う世界観が展開されているのが特徴です。その独自の作風から、ファンの間では、主人公の相棒ピッピの叫び声から「ギエピー」の愛称で親しまれています。
まぁ、初代赤・緑のストーリーなんて刺身に添えたタンポポぐらい淡白なもので、当時のコミカライズ版ポケットモンスターはたいてい独自の世界観を築いているもんでしたが。
しかし、穴久保先生作のポケットモンスターはピカチュウを除いてほとんど全てのポケモンが人語を話せるという世界。さらに進化するタイプのポケモンは自分の意思で進化したり進化前に戻ったりできるという謎設定まであります。デジモンじゃねぇんだぞ。アニメ版放送前に始まったとはいえフリーダムすぎる!
思い出話はほどほどにしておいて、この「ギエピー」を読み始めると、事件が起きました。
“ヤツ”がいたんです・・・
「ギエピー」2話の中盤で、“ヤツ”は出てきました。
1話のあらすじをお話しします。
ポケモン5匹に襲われた主人公・レッド、そのピンチをたまたま近くで木の実を集めていたピッピが救います。他のポケモンと違い人間を襲わない、それどころか救ってくれたピッピにレッドは強く感動します。
その後オーキド博士のところに向かい初代御三家から1匹相棒を選ぶ場面で、再びピッピが登場。ピッピはたびたびオーキド博士の研究所にやってきては資料を荒らしまわるいたずら好きで、オーキド博士からは嫌われていました。
レッドは5匹のポケモンを倒したピッピの実力を信じ、ピッピを連れて旅に出ることを決意します。
その続きの2話なのですが・・・
トキワの森でポケモンを大量に捕まえようとするレッドに対し、ピッピはあまり乗り気ではありません。
5匹のポケモン相手に倒したり、1話のラストでオーキド博士の研究所をぶっ壊したりと実力は確かなのですが、ピッピ自身は戦いは好まず、平和に生きたいと言います。
そんなこんなで細かいギャグを入れながら、2人(1人と1匹)はトキワの森に向かいます。
たぶんこれ、トキワの森じゃない・・・
なんかゲンガーとパラセクトとゴローニャいるし、ミュウツーもどきと三つ目オバケの猫もいるし・・・
多分変なところに迷い込んだんでしょうね。マップ外に謎に広がっている草むらでしょうか。
レッドはこの謎のポケモン(?)軍団に闇雲にモンスターボールを投げますが、ミュウツーもどきに弾かれてしまいます。
そして、ミュウツーもどきにポケモンは弱らせないと捕まえられないことを教えられます。
当時はポケモン発売直後なので知らない子供も多かったでしょう。レッドも初めて聞いた様子で焦っていました。
そして、強そうなミュウツーもどきは諦め、手近な弱小ポケモンに目をつけて捕獲します。
この時捕まえた謎の弱小ポケモンがスクラビングバブルに似ているということです!
いや見れば見るほどそっくりだなこれ。
ちなみにこのスクラビングバブル、その後どうなったかというと・・・
凶悪そうなポケモン(?)集団相手に奮闘し、大怪我を負ったピッピ。レッドは他のポケモンの捕獲を諦め、ポケモンセンターで回復してもらいます。
ちなみにこの当時はポケモン発売直後のお話。アニメ版ポケットモンスターが放送される前、すなわちジョーイさんが勤務しているポケモンセンターのイメージが完成する前なので、謎のハゲチャビンおじさんが勤務しています。こんなおっさんには癒されたくねぇ・・・。
影から見ていたグリーン(とヒトカゲ)、ハエを部屋に放つイタズラをしますが・・・
ハエが都合よく100万ボルトのスイッチに着地。叩き潰そうとしたおじさん(ポケモンセンター職員)の手により、ピッピに100万ボルトの電流が流れる大惨事になります。
ピッピ目線で言うと、おじさんに癒された上に100万ボルトの電流で処刑されているのでたまったもんではありません。
ちなみにこれが穴久保先生版「ポケットモンスター」における初めての「ぎえピー」シーン。この頃はこれが愛称として定着するとは思ってもいなかったでしょう。
電流で痛がったピッピが暴れ出し、その流れでレッドのモンスターボールが破損。レッドは苦心して捕まえたスクラビングバブルを逃してしまいました。
というわけでこのスクラビングバブルには逃げられてしまったわけですが、このポケモンは今後1度たりとも出てきません。
まぁ、このまま逃げずに手持ちに加わったまま連載が続いていたら、もっと大騒ぎになっていたでしょうが・・・。
なぜ当時話題にならなかったのか?
さて、ここまで読んできた皆さんは当然疑問に思ったはずです。
「なぜ今更になってこんな話題が出るのか?」と・・・。
まぁ20年以上前の話で、当時スクラビングバブルなんて商品は無かったということで、ここまでネタになることは無かったでしょうが、それでもほとんど記憶に残っていないのは不思議なものです。
その理由には、連載開始時の雑誌のマイナーさ、そして連載時期が関わっていると考えられます。
連載開始時は「月刊コロコロコミック」ではなく、2ヶ月に1度発刊される「別冊コロコロコミック」で連載開始。この「別冊」は「月刊」で人気が落ちた漫画家だったり新人の漫画家だったりがマンガを掲載する雑誌で、「月刊」に比べると売り上げ、すなわち読者数がかなり落ちてしまいます。
当初のタイトルも「ふしぎポケモン ピッピ」だったので、1巻が単行本化するまで同じマンガとして認識されていなかった可能性もあります。
また、2話が掲載されたのはゲーム版「ポケットモンスター」が発売されたわずか4ヶ月後のこと。当時はポケットモンスターをコミカライズしたマンガがまだ出ておらず、またゲームを買ってもらえずゲーム版をプレイしていない子供たちが多くいました。
インターネットがまだ発達しておらず、ゲームの攻略情報は雑誌で集めているような時代でした。また各家庭にインターネット回線があること自体が稀で、携帯電話もwebページの閲覧なんてできませんでした。趣味でホームページ制作する人はいても、個人でブログを持つ人はおらず、このブログようなネタ記事も書かれることはありませんでした。
そのような時代では細かい設定の食い違いなど気になりません。むしろ「こんなモンスターがいるのか」と期待を膨らませていた子供が多かったのではないでしょうか。
なぜ作者と編集はこのようなミスをしてしまったのか
マンガ自体に違和感を抱く読者が少なく、抱いても広める手段がなかった時代だったということは分かってもらえたと思います。
しかし、今後ずっと親しまれるマンガ作品として残すには、架空のポケモンが登場してしまうというのは、あまりにも致命的なミスであると思われます。
これは本人がインタビューで答えています。
連載が決まったと編集部から伝えられた当時、穴久保先生の手元にはろくな資料がなく、名前と見た目が判明していたポケモンも、ゼニガメ、ヒトカゲ、フシギダネ、ピッピ、ピカチュウしかいなかったというのです。それ以外のポケモンは公開されているスクリーンショット(それもゲームボーイ当時の荒いドット絵)で確認するしかありませんでした。
そのため、当時はほとんど想像で描いていたと言います。結果としてトキワの森に謎のポケモンがうじゃうじゃ生息しているというようなフリーダムな世界が出来上がってしまいました。
ちなみに初期設定では種族が違うピッピとピカチュウが従兄弟という謎設定がありましたが、金銀でタマゴグループが登場した時にピッピとピカチュウは同じ「妖精」に分類されたのでこの2匹が従兄弟になる設定が裏付けられました。
(「ねずみポケモン」のピカチュウが妖精に入っているのは違和感があるので、もしかしたらポケモンを開発しているゲームフリークが設定を寄せた可能性もありますね)
ともあれ、そんな状態で始まったマンガが「ギエピー」の愛称で親しまれ、かれこれ20年以上読者に愛されているのは、穴久保先生の自由な作風が子供達にウケたのでしょう。
素敵な作品を生み出した穴久保先生に、あっぱれ。









