なんでダイエットとなると根性をもてはやすのか。旧日本軍の根性はバカだという評価なのに。
それは根性を使うと「本人の責任」に話をまとめやすいから だと思います。  

旧日本軍の根性論は、今なら「補給・装備・情報・戦略が足りないのに精神論で埋めようとした」と批判される。
でもダイエットや仕事になると急に、

「続かないのは意思が弱い」「薬に頼るな」「努力すればできる」「本人が頑張ればいい」で済ませられる。

補給のない軍隊に「気合いで戦え」はバカだと言うのに、食欲・睡眠不足・ストレス・報酬系の圧がかかってる人に「気合いで食うな」は急に美徳になる。

たぶんそこ(肥満)に至る積み重ねが「自己責任」だからなのでしょうが、本当にそう思いますか?

赤ちゃんを産むとき、そんなつもりはないのに、食べられなかったり、食べ過ぎたり、逆に産後何もしてないのに痩せてしまったり。私はそうでした。別に明確に自分が決めてそうしたわけじゃないです。  

このように人間の体重や食欲は、かなりの部分が身体側の条件に左右されて、その上で意思が働くのだと思います。(必死のいいわけ)

 マンジャロで食欲の圧を下げるのは、ズルというより補給線を整えるに近いです。

それでも食事を選ぶのは本人なので、責任が消えるわけでもない。 

今までは砲撃が鳴りっぱなしの中で、
「気合いで冷静に判断しろ!」
と言われてた。


マンジャロは、
砲撃そのものを弱める、防音装備を渡す、塹壕を深くする
みたいに、判断する人間が消耗しにくい条件を作る。

まあ、だからマンジャロが無くなれば、装備もなくなって塹壕掘ってもらってもなくて、また何もないところに放り出されるんでしょうけど、そのとき

「そうか、地形を利用すれば塹壕掘らずともいいな」とか、マンジャロがあった頃のことを思い出すんじゃないかなあ~と・・・。

薬が戦ってくれるんじゃなくて、戦いやすい条件を一度体験させてくれる感じ。そこでちゃんと、再現性・持続性のある方法を自分に合わせて構築できるかどうか、だと思います。