風邪でダウンして、ほとんどマヌカハニーと生姜湯と麦茶で過ごしてたので栄養が取れてなかったです。
風邪をひき慣れていないので、風邪薬も置いてないし、体温計すらこの家にはありませんでした(笑)
会社休んでる間、面倒みている派遣の子に上司が代わりに指示してくれてて、いろいろ仕事が済んでいました。ありがたき・・・。
出社できるくらいには回復しました。
栄養取れてないんだろうなと思って、社食は奮発して豪華なやつにしたけど、調子乗りすぎだろうか。ちょっと吐き気が(笑)
塩分を全然摂ってないな・・・汗むっちゃかいたのに。
減量って難しいですね。
何を食べたの食べてないのを把握して、きちんと栄養取らないと身体壊してしまう。
それに若くないからね~。
ごはんごときで何も考えたくないわー。毎日これ食べときゃおっけーみたいなのないんか。
仙豆みたいな。
まあその「何も考えたくないわー」という意識の低さがデブのもとだったり、
逆に考えすぎもデバフ(ちゃんとタンパク質取らなきゃ!肉ひとパック全部食べる!)のもとだったり、
マンジャロのお陰で、「自分の体がおかしくなっても仕方ない脳ミソだった」ってことをよく思い知りました。
人生を「不足も過剰も避けるゲーム」だとしたら、
毎回言ってるけど、マンジャロは、食欲や報酬のノイズが弱くなって、元々持ってた判断力を使いやすくするアイテムです。
いろんな人が「私は痩せようと頑張ってるのに痩せられない」と嘆いていたり、「マンジャロ(薬)を使って痩せるなんて、楽をしている」と自分を責めたりしているけど、
お釈迦様だってめっちゃ苦行してからでないと「あ、苦行意味ねーわ」って気付かないレベルなんだから、ただの人間がいろいろデバフかかって惑うのは当たり前なんですよ。
マンジャロによって「食べたい」という意志力を捨てたんじゃなくて、マンジャロは 私にとっては、「判断しやすい状態にしてくれる補助」ということです。
だから「楽をした」じゃなくて、無駄な苦行をやめたくらいの方が近いw
といって、「薬で一度正しい道を覚えたんだから、あとは根性で歩け」でもないと思う。
マンジャロを中止してプラセボに切り替えた人を追跡すると、再増量した人が多かったとのことです。
もう、人間の意志力を過大評価しない方がいい。
仕組み化です。
私だったらサラダが好きなんで、サラダをむちゃくちゃ食べたあとにメインを食べる。
そのメインも「肉ひとパック焼いておく」じゃなくて食べる量だけ焼いておく。
そしてその仕組み化って、効果が見えるまで時間がかかると「こんなん意味ある?」ってなりやすい。
でもマンジャロで先にある程度減量して、
服が入る
顔がすっきりする
身体が軽い
鏡を見るのが楽しい
みたいな報酬が先に来ると、その状態を守るために
野菜を先に食べる、買い置きを工夫する、間食を見えなくする、筋トレする
が「苦行」じゃなくて維持作業になるんですよね。
つまり、
マンジャロで成功体験を先払い
→ その状態が惜しくなる
→ 仕組み化を続ける理由ができる
まだ何も得てない状態で「将来のためにずっと頑張れ」はしんどいけど、もう得たものを守るのは割とできる。
なのでマンジャロを「痩せる薬」だけじゃなく、維持行動の報酬を先に作ってくれる装置として使う、という見方でいようと思います。
こうやってあらゆる罪悪感を粉砕する知恵だけはまわるのです私。