こんばんは。今日は「チューリングテスト」についてです。
アラン・チューリングというイギリスの研究者が考えたもので聞いたことがあるかもしれませんが、
概要は、機械と人間のそれぞれに判定者が電子メールのような手段で質問し、両者と何回かの会話を繰り返した後に、
どちらが人間でどちらが機械かを判定すると言うものです。このテストで機械が人間と判定されたなら、その機械は知性を本当に持っているとチューリングは考えました。
心の哲学的には、2つチューリングは正しい方向を向いています。一つは、「相手が同じものを見ているか判定するのを<内側から判定する>には機械と人間はイーブンだ」と言うこと。
つまり内面的に、機械が真の知能を持っているか分解して確かめられるかどうかと言うとそれは無理だと言うこと。
もう一つは<見なし事実>と<事実>の間に齟齬が生じたときに何が起こるかを、われわれに教えてくれると言うこと。
科学が確定しうるものが<事実>、同じ機能を持ったシステムは同じものを感じ、見るのだと<見なす>ものは作法で科学ではないですが、
チューリングのアイデアはロボットのような人間とは違う何かが、テストをクリアさえすれば「何かを事実として<見なしている>、思考している」と思わせてくれます。

このテストがアメリカのサンディエゴで実際行われた様子をP.M.チャーチランドがスタッフとして観察し、それを『認知哲学』に書き記していますが、
それでもチューリングテストには多数の欠陥があると言われています。その一つを見てみましょう。
チューリングテストの機械にはメールの送信機能と計算機があるくらいで、身体がありません。
つまり、
Q.「ビール、スコッチ、ブランデー、ワイン、焼酎、ラム、ジンのうち、醸造酒はどれだっけ?」
と送ったとき、機械が「ビール」と言ったときに、現実の液体が入っているビールの瓶について言ったのか、
それとも記号としてたまたま「ビール」と記して送ってきたのか分からない事になります。
これは統語論(分の基本となる語を如何に組み合わせたらまともな語になるか)はクリアしていても、
意味論(語と事物の関係、文と世界の状態との関係を明らかにすることで、語が何を指示し、文が何を主張し、どのような場合に文が真になるか偽になるか)
の次元ではクリアしていないことになります。
これをクリアするには、我々と同じような五感機能をもつ感覚器をロボットに作ってやる必要が出てきます。
参考:柴田正良『ロボットの心 7つの哲学物語』
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