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 苦しみの先に見えた光

日常の中で感じる小さな気づきや癒しを共有し、共に心の平穏を目指すブログ

意識とは何でしょうか

もし脳がすべてを先に決めているなら、私たちの「意識」や「自由意志」は

ただの幻想なのでしょうか?

 

ここで興味深いのは、脳がどのように「選択」をしているかです。

脳は日々の膨大な情報を無意識で処理し、最も安全で効率的な行動を

取るよう設計されています。

つまり、「無意識」は私たちの生命を守るための超高速コンピューターのようなもの。

 

その一方で、「意識」はその結果を理解し、次の選択を修正する

創造的な意図の場所」でもあります。

リベット実験が示したのは、「意識が無意味」ではなく、

意識が少し遅れて現れる」だけなのです。

 

 

 

「意識」と「無意識」の共創こそが、人間の可能性

この事実を恐れる必要はありません。

なぜなら、無意識を整えることによって、意識の選択そのものが変わっていくからです。

 

たとえば、毎日「私は穏やかで、落ち着いて行動できる」と繰り返すだけでも、

脳の神経回路が少しずつ変化します。

それがやがて“無意識の判断”を変え、行動が自然と穏やかになる。

そうやって、意識と無意識が調和していくのです。

 

私たちは「意識的に無意識を育てる」存在とも言えます。

そしてそのプロセスこそ、“本当の自由意志”の目覚めなのかもしれません。

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

 

「この行動って、本当に私が決めているのだろうか?」

ふとした瞬間に思うことがありませんか?

 

私たちは普段、「自分の意志で動いている」と信じています。

しかし脳科学では、「行動を起こそう」と思うより前に、

すでに脳がその行動を“決定”しているという研究があります。

 

たとえば、アメリカの神経科学者・リベットの実験では、

人がボタンを押す瞬間、意識が「押そう」と思う約0.3秒前に、

脳がその準備を始めていたことがわかりました。

 

つまり、私たちが「今これをしたい」と感じる前に、

すでに脳のどこかが「行動を決めていた」ということ。

 

慶應大学の前野隆司教授も、「意識が後から行動を説明しているだけではないか」

と語っています。

人間の行動は無意識が9割と言っています。

無意識は、これまでの経験・感情・学びを蓄積した「心の智慧」

意識はその「智慧」を観察し、必要な方向に微調整するナビゲーターのような

存在かもしれません。

 

 

「無意識と言う大きな流れの中で意識と言う舵を取って生きている」

そのように捉えることで、そこに“安心”もありました。

 

私たちは、すべてをコントロールしようと頑張りすぎてしまう。

でも、もしかしたら「私を超えた大きな意識」が、

すでに最善の道を選び、そっと導いてくれているのかもしれない。

大切なのは「今を丁寧に生きよう」という気持ちになることだと思いました。

 

 

「意識が先か、無意識が先か」

その答えは、どちらでもなく“ひとつ”なのかもしれません。

私たちは、目に見えない大きな流れの中で

脳・意識・量子・心 すべては“ひとつの心”なのかもしれない

 

最後まで読んで頂きありがとうございます。

 

 

猫(名前はチビ、いつもちっちゃんと呼んでいました)

静かに息を引き取りました。

直後、私は叫んでいました。

 

「置いて行かないで。まだ一緒にいて。」

 

人工呼吸をしたり、心臓マッサージをしたり。

その最中、もう一人の私が

「いかせてあげようよ」と静かに囁きました。

 

その声を聞いた瞬間、私は手を止め、

ただ、ちっちゃんを見つめました。

 

頭の中は真っ白で、体が震え出しました。

でも、「呼吸」に意識を向けていると、

震えは次第におさまり、心の奥から言葉があふれてきました。

 

ありがとう。

生まれてきてくれて、ありがとう。

ママのそばにいてくれて、ありがとう。

 

もっと一緒にいたかった。

でも、無理しなくていいよ。

ありがとう、ありがとう。

 

何度も、何度も、そうつぶやいていました。

夜が明けて朝になるころ、

冷たく硬直した体には、もう魂はいない。

でも、その魂は確かにこの家にいる・・・そう感じました。

 

9ヶ月前の検診では異常がなく、

チョロ君が心臓病と診断された事で

心配になって「ちっちゃんは大丈夫?」と先生に聞いたこともありました。

「大丈夫ですよ」と言われて安心したのを覚えています。

 

旅立つその日も、

ごはんもおやつも食べ、

少し遊び、

私の横で寝る準備を始めていました。

大好きな耳のマッサージをしてもらいながら、

その直後でした。

 

体が急に反ったかと思うと力を失い、

そのままあっという間に——。

 

今は悲しみというより、静かな感謝に包まれています。

苦しむこともなく、

まるで「もう大丈夫だよ」と伝えるように、

穏やかに旅立っていきました。

 

朝を迎えた今、孤独を感じます。

 

でも、その静けさの中に、確かにちっちゃんのぬくもりが残っています。

 

これからも、姿は見えなくても、

この家の空気の中に、

そして私とチョロ君の心の中に、

ちっちゃんは生き続けています。

 

今の家に引っ越して1年6ヶ月、まるで全ての事情を知っているかのようなペットたちでした。

環境が変わってもストレスを感じることなく、

「壁で爪研ぎしないでね」と声をかけて爪研ぎを差し出すと、

ちゃんと理解してくれて、一度も壁に手をかけたことがありませんでした。

この家で、みんな本当に穏やかに、楽しそうに過ごしてくれました。

ママの穏やかさが、ペットたちに伝わっていたのでしょうね。

 

 

生後の2ヶ月ほどの瀕死の状態で保護した野良猫、ちっちゃん

あれから12年

 

そして今、一人残されたチョロ君。ママがしっかり守り抜きます。

ほんとはチョロ君に守られているママ。

 

 

 

旅立った ちっちゃん

1年前に虹の橋を渡ったルナちゃん、

そしてこれまで共に過ごしたたくさんのペットたちが、

これからは見えない世界から、チョロ君とママをやさしく包み、

見守ってくれることでしょう。

たくさんのペットたちへ感謝込めて「ありがとう」永遠に繋がっています。