私の聖地が奪われた日
こんにちは。
今日は少し重たいお話になるかもしれません。
でも、今だからこそ書ける気がして、心のままに綴ります。
私はある日、「もうこれ以上は無理だ」と思い、家を出ました。
心も体も限界でした。
私にとって、あの家の厨房は“聖地”でした。
夢に向かって一歩一歩、私らしく進むための場所。
それが突然、奪われました。
暴力におびえながら、私は慌てて家を出ました。
だから、買ってあったイチゴが傷んでいたのかもしれません。
でも、他の材料――
「だらしない」「汚いから」と、全部捨てられていたのです。
涙が出ました。
お金の問題だけではないのです。
それは、私の“時間”であり、“愛情”であり、“願い”でした。
どれだけ私から奪えば気が済むの?
私はただ叫びたくなりました。
返してほしい。
あなたに注いだ愛情も、信じて過ごした時間も。
でも私は、心のどこかで思っています。
あの時間は無駄ではなかった、と。
あの苦しみが、私を成長させ、
…だけど。
私はやっぱり、お金で償ってほしい。
ペットの医療費を払ってほしい。
生活もギリギリです。
だからこそ、1円でも多く払ってほしいと願うのは、
もしかしたら「欲張り」「執着」だと思われるかもしれない。
でも、同じような経験をした友人がこう言ってくれました。
「それは当然の感情だよ」って。
私はその言葉に救われました。
人の苦しみは、その人にしかわからないかもしれない。
でも、苦しみを乗り越えた人には、
私はこれからも、自分の思いを正直に綴っていきます。
誰かが、同じような気持ちを抱えた時、
「わかるよ」って、そっと寄り添える存在でいたいから。
読んでくださって、ありがとうございます。
また書きますね。





