「期待する」…良い言葉です。でも、本当にそうなのかな…、と思います。
上司が部下に期待する。監督が選手に期待する。それは良いことだと思います。一つの目的を持った集団の中では必要なことです。部下は、選手は期待に応えようと頑張ります。それは自分で選んだ道だから…。
親が子どもに期待する。配偶者に期待する。担任するクラスの児童生徒に期待する。それはちょっと違うような気がします。
「期待する」、それは自分の希望、あるいは要望を相手に求めることです。あなたはこうあって欲しい、今のままのあなたではなく、自分の希望に更に近づくための進化を相手に求めることです。そして「期待する」ということは今のあなたでは不十分ですと言っているようなものです。
期待された方は、期待に応えようと頑張ります。期待に応えなければ愛して貰えないと…。そこに自己肯定感は生まれないように思います。家族は生活共同体です。企業やスポーツクラブのように一定の成果を目的とする集団とは違います。お互い期待するのではなく、お互い今のままを認め合って協働することが大切だと思います。
学校のクラスも同じことです。一年間、一緒に学校生活を送る生活共同体です。担任がクラスの子どもに何かを期待することが子どもに無理強いすることになりはしないだろうか…。そんなことを心配します。
期待に応えるために頑張るということは、今の自分ではダメだということ…。だから自己肯定感は育ちにくいです。頑張り続けないといけないということ…。それで果たして幸せなのでしょうか。
相手に期待すると、期待に応えて貰えないと失望します。がっかりします。その先に諦めがあります。失望された子どもに、諦められた子どもに、自己肯定感が育つのでしょうか。
