神田沙也加さんの訃報を目にして驚いて目が覚めた。


あんなに花が咲いたような笑顔をもつ若い人が。



わがままばかりで反抗して、

嘘ついて裏切ってお金ばかり使わせて、

親不孝だった私が唯一しなくて済んだことは、 

ママより先に死ぬこと。

「親より先に死ぬのだけは許さないよ」と良く言われた。

家族の健康をいつもいちばん心配してたママ。


わたしも親になって、その気持ちが実感できるようになった。娘の幸せ、健康よりも大切なものはない。


だけど、今も思うのは、

もし今私が病気になったり、

死を意識するような状況におかれたら、

誰よりそばにいてほしいのはママだということ。

ママはほかの誰より間違いなく私の病気や死を悲しむ、

そんなママを苦しめたくはもちろんないけど。

例えば私が病気でひどい見た目になっても、

その姿を見ても愛が変わらないと信じられるママにそばにいてほしいと思う。

今は結婚して名前が変わって、

入院したときのキーパーソンや死んだときの喪主は夫なわけだけど、でももしも選べるのだとしたら、最後に会いたいのは間違いなくママだと思う。

夫はもちろん愛しているし、きっと支えてくれる。

でも、若い方が闘病して夫婦で支え合っているブログなど目にすると、「私だったらあんな時まずママに横にいてほしい」といつも思ってた。


娘に会いたいかは…

顔は見たいと思うだろうけど、

悲しませたり怖がらせたりしたくないし、

醜い自分も見せたくない。


そんな思いがずっと昔からあって、


だから不謹慎ではあるのだけど、

ご両親の会見を見て、

きっと沙也加さんは今とても安心できてるんだろうなと、少し羨ましいような、そんな気持ちになった。


30歳を過ぎて、あんなふうに両親に位牌や骨壺を抱いてもらえることはあまりない。

もちろん親からすれば胸が張り裂ける思いだろうし、

自分が代われたらと思うに違いない。

でも、愛されてた場所へ、それが変わらないと自信が持てる場所へ戻れることほど安心することはないだろうなと…


ママに私の死を看取ってほしい、

それはなんとなく漠然と小さい頃から考えていたけど、

きっと叶わないとは思っていたし、

怒らせたり悲しませるのがわかっていたからママにも言ったことはいちどもない。


もう叶うことはないし、

きっと私は孤独にひどい死に方をするんだろうと思う。


でも、ママがいちばん恐れていた、

そのいちばんひどい親不孝だけはしなくてすんだことは、唯一ママを安心させられたことだとも思う。


そこだけは裏切らなくて済んだ。


羨ましい、、なんて思いがよぎったことは本当は全くのお門違い。

若くて活躍中の方が命を落としたことは、

何も知らない別世界の人のことではあるけれど、

痛ましいの一言。

ご両親の気持ちも察するにあまりある…


ご冥福をお祈り致します。

どうか安心して過ごしておられますように。