考えてしまう
 

世の中にはたくさん、
家族から愛されてない人
家族に愛を与えようとしない人
死にたくて何度も企図する人
そんなつもりはないのに死んでやると騒ぐ人
90を超えても元気で、「もういつ死んでも良い」と口癖のようにいう人

そんな人がいるのに

あんなに愛に溢れてたママ、
必要とされてて、必要としてくれてて、
生きる希望を持って頑張っていた、
自分が死ぬことなんて微塵も考えてなかった、
元気でいつも動き回っていたママが死んでしまったんだろう


ママじゃなくて、私だったら良かったのに。
私はこのまま孤独に歳を取って孤独に死んでいくんだろう。

ママの死を知った私の友達、誰一人として声をかけてきてはくれない。
寂しくてまだまだ辛くてしかたないけど、
辛いよ寂しいよって言える相手のいない私。
買い物も外食も旅行も一人が好きで、
そうでなければ家族とが居心地いいと思ってきた。

可愛い絵文字使ったり、言葉を選んでライン送ったり、いちいち返事返したり、まったりする時間を割いて電話かけたり、そんなことが苦手で面倒。

そんな私と、ママは違う。
いつも周りに友達がたくさんいて、
どこにいても新しい友達を作って。
ママの電話には、お互いを思いやる優しさに溢れたメッセージがいっぱい残されてた。

病気になって死んだのが私なら、
ママは間違いなく悲しんで、落ち込んで、
辛くてしかたなかっただろうけど、
でも支えてくれる人がたくさん周りにいて、
ママを必要とする人がまだまだいて、
きっと笑顔を取り戻せただろうと思う。

私がいなくなっても、
娘は泣くかもしれないけど、きっとすぐに私のいない世界に順応する。
夫もきっとそう。

私のたったひとりの親友で、
たったひとり絶対の愛をくれた人、
これから大切にしていきたかった私のママ、
もうこの先会えないことを思い出すたびに絶望的な気持ちになる。
 
私が病気になったらよかったのに
ママじゃなかったら
発病がせめてあと五年遅かったら
移植してなかったら
免疫抑制剤が中止にならなければ 

タラレバで想像を巡らすことが昔からすきだったけど、
ママが死んでしまってからは、変えられない事実に対してのタラレバは考えることも辛い。 
だけどやっぱりひとりになると考えてしまう。

「親より先に死ぬのだけは許さないからね」
ってよく言われた。
自分のことより家族のことをいつも心配してたママ、
私が代わりだったら良かったなんて言うのを聞いたら、きっとすごく怒るだろう。
だけどもっとママには幸せに生きてて欲しかったよ。
これからいっぱい贅沢してほしかった。

会いたいよ、寂しい。