鎮静を下げて、覚醒させたあのときのこと、
パパはずっと「あのことは主治医に感謝してる」と言う。 

私はそうは思えない。

確かに土曜日も日曜日も、朝早くても夜遅くても、 
診察に来て対応してくれた先生たちには感謝してる。
尽力してくださったんだろうと思ってる。

だけど、あのとき、ママを覚醒させたときのことは、
感謝という気持ちはもてない。

苦しむのがわかっていて頼んだのは私の決断。
目を開けてくれて、実際に苦しかったのはママ。
主治医はどうするか聞いただけ。

本当なら、
ICUで、一般病棟に戻ってすぐのときに、
まだ意識がちゃんとある時に会いたかった。

大丈夫だよって、心配しなくてもちゃんと良くなるからねって、
心配しなくてもパパはちゃんとやってるからねって、 
しんどくて情けなくて辛いだろうけど、
ママはそれでも可愛くて、私達の大切なママだよって、私達の口から伝えたかった。
心細いときに、少しでも安心を与えてあげたかった。

病院の規則はわかってる。世間が大変な状況なのもわかる。助かる可能性を信じていたから、リスクはおかせなかったのもわかる。
挿管前とか手術前とか、パパに連絡をくれて、最大限配慮してくれたのもわかる。

だけどこんな状態になって初めて近くにいけて、
その上で「面会は最小限、なるべく短時間で」「泊まり込みはできない」って。
もはやママのためではない。
他の患者さんのため、もっと言うなら、他の患者さんから苦情を言われないため。

今でもいちばん許せないのは、
一般病棟に戻ったとき、電話で病状を聞いた私に、
「電話では言えないことになってるんですけど」
と迷惑そうに言った上、
「変わりありません、よ?」と小馬鹿にした口調ではねのけた看護師。

会えない、連絡がとれない家族に対して、
そんな言葉でどうして終わらせられるのか。

本当はとても寂しがりで怖がりだったママ、
どんな思いでいたんだろう

ごめんね