日曜日だけど主治医が来てくれた。
 
お話があるので、と面談室に呼ばれ、
わかっていたけど、厳しい話をされた。

カリニ肺炎のための肺の繊維化のため、
ガス交換がうまくできていない。
今はなんとか腎代謝でアシドーシスぎりぎり、
でも昨日くらいからクレアチニンが急に悪化し、
尿量も1200くらいあったのが200ほどに減っている。
痛みと呼吸苦があるため、鎮静を深くしないと本人が苦しそう。

「どうしますか?鎮静を軽くして、意識を戻すか、本人が苦しむのでこのままか」

泣くしかできなかった。

父は、
「僕はまだ挿管前と気管切開前に会えたので。子どもたちは会えておらず納得ができてないと思う」と。


私が決める、お願いするんだ

急変してからずっとずっと怖かった。
このまま会えずに終わるんじゃないかと怯えてた。
「どうかまた話ができますように」
「どうかまた母が美味しい、楽しい、幸せと感じられますように」
毎日毎日祈っていた。


これはたぶん最後のチャンス。
今お願いしなかったら、このまま目を開いた母には二度と会えない。
苦しませたくない、目が覚めたところで話はできないし、認識してくれるかもわからない。

自分のためでしかないってわかっていたから苦しくて罪悪感で涙が止まらなかった。
それでもお願いした。
この変わり果てた母がこのまま去ってしまうのは耐えられないと思った。