私の小学校進級と同時に、父の両親との同居のため転居した。
小学校へはバスを乗り継ぎ1時間。
知らない土地で漢字もろくに読めず、
よくバスを乗り間違う私を心配して、しばらくは車で後ろから母がついてきてくれた。
「その子おろしてください!」ってなったことも何度かあるって
人見知りでなかなか友達ができなくて心配させたよね。
私や弟が小さい頃は、まだ母は父の仕事を手伝っていたので、月末は帰りが遅かった。
普段は遅くまで起きて本を読んだりテレビを見てると怒られるので、月末にはおばあちゃんのうちでお泊まりして夜更かしするのが好きだった。
旅行に行ったので今も覚えてるのは、
九州のスペースランド?
カウントダウンに行ったディズニーランド、
スタッフの人にコーヒーをかけられてママが怒ってたのは覚えてる。
志摩スペインランドのときはもう私は高学年だったかな。
香港に行ったのも少しだけ覚えてる。チャイナドレス買ってもらって嬉しかった。
あとはどことは覚えてないけど、
川下りしたり宝探ししたり潮干狩りしたり、
動物みたり、船に乗ったり…みたいな断片的な記憶はたくさん。
小学校のころはあんまり外食はしなかった気がする。
ママがテニス中に足の靱帯切って、しばらく寝てたなーとか。
よく駅や学校まで送り迎えしてくれたなとか。
癇癪起こすことが多かった私と、けんかしながらも優しく諭してくれたこととか。
曖昧でぼんやりした思い出が色々浮かぶ。
何年かたてば、最近のママの記憶もこんな風になるんだろうか。
怖いなあ。忘れたくないな。
あんなに愛してくれたこと、なのに何も返せなかったこと、ちゃんとずっと覚えていられるかな。