4月に骨髄移植を受け、無事に退院して自宅療養していた母。
急性GVHDも目立ったものはなく、外来でも経過は順調でした。
退院してから今までの間に、母の誕生日があり、私の誕生日があり、どちらも家でお祝いできた。  
私が実家に戻るたび、家の中は綺麗に磨き上げられていって。
そんなに無理しないでいいのに、と思いながらも元気な姿に安堵してた。

あとは再発に怯えながらも、リハビリを続け、体力回復させ、ゆっくり元の生活に戻っていくんだと。
そう信じて疑ってなかった。


8月の連休は、家でごはんをたべて。
ベランダで娘をプールに入れたり、夜は公園で花火をしたり。
郊外のフレンチへ食べに行って、帰りはママが運転したり。
いっぱい元気な姿を見せてくれて、すっかり安心しえた。
翌週からの夏休みには、コロナのことも怖いからと実家に戻るのは敢えてやめて、夫と娘と旅行にでかけた。
その先から、ふりかけやようかんを送った。
次に行くときには、お土産も持って行くねと伝えていた。

父から母が入院になったと連絡があったのが8月最終週の週明け。

コロナの影響で、病棟への立ち入りは禁止。
週末行くよと言った私に、台風もくるし会えないからと頑なに拒んだ母。
連休は、病棟前のドア越しで少しだけ顔を見せてもらえて。
母がICUに入室になったと父から連絡があったのが、連休明けの金曜日。
それから今日まで会えなかった。毎日眠れず、祈りながらラインを送った。

寂しかったよ。 ママはもっと寂しかったよね。
会いたかったよ。
さっき病室をでたけど、もう顔がみたくて寂しいよ。
お願い、どうか、奇跡が起きて。
元の生活にもどりたいと願うのは、奇跡を願うことだと思い知らされた。
 
まだ無理。本当に無理。
ママがいなくなることなんて受け入れられない。

認知症になるからねって、怒らないで世話してねって言ってたでしょう。
みんなで一緒に暮らすでしょう。
帰ってきて。帰ってきて。帰ってきて。