3日目の朝は母も早く起きました。
あまり眠れなかったよう。
「暑くって~」と言ってたけど、熱はなさそうで良かった。
朝ご飯はフルーツ、ヨーグルト、スクランブルエッグ。父が買ってきたポウルのアップルパイも食べていました。
「みんなで食べると美味しくてたくさん食べれる
」
と、ご機嫌。
母も個室で1人だし、
父は母が入院してからは、出勤してから適当にカップヌードルやおにぎりを食べているみたいで。
私は普段は五時起きして、子供を起こす前に1人でパパっとすましている。
そうか、みんな1人ごはん。
みんな揃って食べるのが習慣だったんだから、
1人では美味しくなくて当然やね。
食欲あってよかった!
お昼は、金閣寺にあるフレンチへ。
外食好きの家族なので、
「次はいつになるかわからない。美味しいフレンチかイタリアンが食べたい!」
と言う母の言葉にも反対する気持ちは起きませんでした。
でもこの時期どこも混んでいる。
先に電話した二軒は満席で、
半個室が唯一空いていたところにしました。
ふすまを閉めることもできること、病人が一緒なので配慮して欲しく、生物はダメと伝えて。
出来れば配膳時マスクしてほしい、料理の説明はしないで欲しい…なども思いましたが言えず。
母は完食していて、
久しぶりに金閣寺のまわりも少し散歩して、
「やっぱりふらつくー。筋肉痛や」
などと言いながらも楽しめたようでした。
途中でずーっとブーランジェリーオクダでよもぎあんぱんとりんごのクイニーアマンを買って。
西大路御池の、昔ワインショップがあったところにできた、cocoというチョコレート屋さんでモンブランとロールケーキを買いました。
夜ごはんは鰻と豚の酒蒸し。
「お酒かけ過ぎちゃった!」と母が言った通り、
どちらもお酒のにおいが残ってました…
大丈夫なのか?
食後すぐからまた痒いと言いだし、
見てみると、お腹も背中も発疹が昨日より広がっている。
喉の違和感はないと言うし、
病院に電話をかけても血液内科の先生は当直していないだろうし、
救急へ行っても空気が悪い中待たされるだけだろう…
と、様子をみることにしました。
薄いステロイドを塗ったり、アレグラくらいのったんだらだめかなあと思いましたが、
怖いので…
この日夜初めて母の前で涙を流してしまいました。
両親の前では泣きたくなくて、
絶対だめだとおもってたけど、
ふいに出てきて。
骨髄バンクから届いた書類を見ていた母が、
「移植後の365日生存率、50歳以上は5割だって」とポツリと。
実際には見方が間違っていて、AMLの場合は7割でした。
まだまだ20年以上一緒にいれると思っていた、
毎日家族みんなの健康と幸せを念じていた、
とりわけ迷惑をかけた両親には、
「この先の人生で一切の痛み、辛さ、悲しみを感じることがありませんように」と有り得ないとは思いつつも祈っていました。
長女に生まれて、母と過ごせる時間がきっと長いことを幸せに感じていた。
絶対にこんなに早く母を失いたくない。