2001年夫婦世界旅行のつづきです。昨日ブリュッセルに無事に着いたはいいけれど、ホテルは2泊しかとれませんでした。このままでは、明日はブリュッセルを移動しなければなりません。となれば、今日中に移動のバスチケットを購入しなければなりませんから、ブリュッセルの街などゆっくり見て歩く暇もありません。なんとか後一週間くらい連泊できるホテルはないかと、探しに出ました。





part 124 ベルギー2日目 


        ①40過ぎてちゃ、だめですかっ!





今日は日曜日なので、日本大使館はお休み。我々に出来ることは限られている。幸い、ブリュッセルのど真ん中、中央駅のすぐ横にシティバンクがある。まずそこで、昨日から夫を疑心暗鬼の固まりにしているシティバンクの 「預金残高」 を照会し、それから、明日から泊まれる新しいホテルを探し、さらに、次の目的地パリへの移動手段を検討することにする。 





(もし新しいホテルが見つからなければ、昨日ブリュッセルに到着したばかりなのに、明日には次なる地へ移動しなければならない。しかしこのまま移動したら、ブリュッセルに立ち寄った意味がない。ブリュッセルでは、ホテルを探し回って、泊まっただけになってしまう。何が何でも連泊できるホテルを探さにゃ! )





ホテルのフロントで中央駅までの行き方を尋ねてみた。昨日と同じ品のよい若いフロントマンが、にこやかに、丁寧に道を教えてくれる。そして、  「地下鉄とトラムとバスのどれでも使える1日券」 を買うことを勧めてくれた。 





(ヨーロッパ人が、こちらが特に聞いてもいないのに 「お得」 な話を教えてくれるなんて、胡散臭い。感じのよいお兄さんながらも、内心構えてしまった。)





「1日券」 は、1日に3回以上乗るなら元が取れる代物である。我々が乗り物を利用するのは、ホテル―中央駅―北駅、あるいはロジェ駅の区間ぐらいだ。ホテルから街の中心地まで往復するので2回は使うだろうが、街なかは歩いて回れる距離である。3回以上も使わないかもしれない。





地下鉄駅の窓口へ行くと、 「1日券」 の1人分の料金はホテルの人が教えてくれた料金よりもやや高い145BF (約400円弱) 。ためらう私に、夫は 「1日券」 の購入を強く勧めた。なぜ? しかし、 「残高照会」 の魔が取り付いている夫には逆らわない方がよいだろう。はい、はい。あなた様がそうおっしゃるならば……と、 「1日券」 を買ってみた。





すると、土日は1人分のチケットで2人とも乗れるという。ラッキー! 結局かなりお得なチケットじゃん。





ベルギーはやや東西に平べったい横広の国なのだが、北半分がフラマン語圏で、南半分がフランス語圏となっているらしい。一国の中で使われる言語が異なっているわけだ。 (ベルギーに限ったことではないが。) ブリュッセルはその境界線のやや北に位置し、フラマン語圏に属している。フラマン語? いわゆるフランドル地方の言語なのだろうか。フラマン語なんてとんとわからない。が、さすがベルギーの首都。幸いフランス語も英語も通用する。で、街の表示はフラマン語とフランス語、2通りの表記がなされていた。初めて見たときは名前が二つも列挙されているので、戸惑ってしまった。





(ベルギーの東隣はドイツなので、ベルギーではドイツ語も使われているらしいが、ブリュッセルにいる限りはドイツ語には気がつかなかった。しかしフラマン語が結構ドイツ語の発音に似ている。「ゲッホガッホ、シュバババッ、シャーッ、ガーゼン、アフン」 って感じの排水口のような音がちょいちょい聞こえてはきた。)





「ルイーザ/ルイーズ」 という駅から地下鉄に乗り込む。地下鉄の路線図は所々に張り出してあるものの、なぜかいくら見てもとんとわからない。人を捕まえては聞きまくって、ようやく目当ての列車に乗り込む。





ベルギーもアムステルダム同様、地下鉄もトラムもバスも、どれもあまり混んでいない。ほどよく空いている。あれでよく採算が取れるものだ。 (逆に、日本はいつも殺人的に混んでいて、なおかつ故障が多く、しばしば不通となり、そのくせ料金の値上がりがしょっちゅうあるのは、どういうことっ? )





「中央駅」 は小高い丘の中腹にあった。丘の西側の麓に、ブリュッセルの臍とも言える 「グラン・プラス」 があり、そこを中心に街が広がっている。





中央駅前に立ち、足下に街を見下ろす。と、目の前に突然、空に向かって白々とそびえている巨大な塔が現われる。グラン・プラス (大広場) にある市庁舎の大きな大きな尖塔であった。まるで空に捧げられたトロフィーのようだ。空から巨人が現われて、いきなり塔をムンズと掴んで持ち去ってしまいそうな気がする。





朝日に暖められ始めた肌寒い午前中の街をしばし見つめる。空には薄い雲がところどころ何層にも重なったり、薄く千切れて陽を透かせたりしている。そんな空を見つめていると、どこからか教会の鐘の音が聞こえてきそうだ。(聞こえちゃこなかったが。)





さて、暢気に街に見入っている場合ではない。中央駅のそばにあるシティバンクへ。ロックされているガラスのドアはカードを差し入れるとかちりと開いた。さすがベルギー! 日曜でもATMは稼動していた。 





(日本ではなぜATMの使用時間帯が制限されていて、時間外だと法外な手数料を要求するのだろう? おかしくないか? おかしいだろう! ) 





残高照会の結果、何も問題はなかった。レートも、いちいち街なかの両替所で現金で両替するより、現地通貨を直接引き出すほうがかなり得だということがわかった。 “残高照会の怨霊” 退散! これで夫の “残高照会不明” の呪いも解けたようだ。夫は憑物が落ちたような顔をしている。まずは一安心。 





(シティバンクよ。なぜ 「残高」 くらい、引き落としの際に表示しないのだ? その点は日本の銀行の方が優れているぞよ! )





次はホテル探しだ。 「中央駅」 周辺の、地の利のよい安ホテルを探す。安いといったらユースホステルだが、インフォメーションセンターで確認すると、 「ユースホステルは35歳までの人が使えるもので、40歳を過ぎた中高年のあんたたちなど、泊める余裕はない」 そうだ。 ここまではっきり言葉にするわけではないのだけれど、遠まわしにそういうことを言いやがる。貧乏なのは若者だけではないぞっ! いい年して貧乏なのは、罪なのかっ? 





(追記: ヨーロッパ、アメリカにおいては、というか資本主義の世界にあっては、いい年をして貧乏なのは “罪” なのであった。少なくとも “金を稼げなかった無能力者” というレッテルを貼られる・・・・・・とこの旅でひしひしと感じた妻であった。むっかぁぁぁ。) 





ユースホステルの他は高いホテルばかり。高い、高い。貧乏旅行者などとても泊まっていられない。いくらなんでも、もっと安いホテルがあるはずだ。インフォメーションセンターを後にして、飛び込みで街なかの安ホテルを探すことにした。





“ダメもと” で、一縷(いちる)の望みを掛けて、スリープ・ウェルというお目当てのユースホステルに行ってみた。中央駅と北駅の中間点辺りに位置している。街を散策するにはもってこいの場所である。地図を頼りに歩いていくと、おお、おお。バックパッカーがゴロゴロ屯しておる。自分達と同じように小汚い旅人を見ると、ほ~っとする。





今泊まっている3つ星ホテルは、アタッシュケース片手に、スーツをびしっと着こなしたビジネスマンが多い。その他の観光客らしい人々でさえ、女性はヒールにスーツドレス、高級革製ハンドバックといういでたち。男性はネクタイにカジュアルなスーツ、ぴかぴかの皮靴……というきちんとした格好をしている。くたくたなTシャツにしなしなのGパン姿の我々は、どうも気が引けてしまうのだ。





同じ貧乏旅行者の臭いに引き寄せられるように、ごろつくバックパッカーの隙間を縫って奥のフロントへ進み、2人分の宿泊を頼んでみた。が、やはり、だめだった。





しかし、それは我々がオジサンオバサンだったからではない。40過ぎていても、部屋さえ空いていれば、OKだった。が、いかんせん、ダブルの部屋は満室だったのだ。





ドミトリーなら空きはあった。だが、ドミトリーは安全面などに問題が多いので、我々は泊まらないのだ。 (部屋の中でも貴重品から目が離せないのは、しんどくてやりきれない。) 





とにかく、インフォメーションセンターでは 「35歳まででなければ泊まれない」 と言われたユースホステルも、直接掛け合ってみれば、部屋さえ空いていれば泊まれるらしいということは、分かった。それだけでも 「収穫」 である。 (しかし、基本的には、 「ユース」 というからには、若者のための設備ではあるのだろうなぁ。中高年は若者を応援する立場にあるんだもんなぁ。 「ミドルホステル」 なんてのもあればいいのになぁ。)





これほどの大都会。これほどの観光都市。安宿がないわけない! 固く信じて、北駅に向かいながら通りのホテルをしらみつぶしにチェックしてみた。





しかし、やはり、どれもこれもびっくりするほど高い。1泊1~2万円は当たり前の世界である。何件もホテルをチェックしたので、入り口からロビーを覗けば、だいたいそのホテルの格がわかるようになってきた。





かなりリーズナブルなホテルが一軒だけあった。昨日ブリュッセルに到着して北駅周辺で宿を探したときに、ちらりと覗いたホテルだ。客だか従業員だか、とにかくそのホテルに出入りしているのは、黒曜石のごとく肌が黒光りした黒人ばかりだった。 「ホテル・アフリカ」 とでも名づけたいようなホテルであった。ホテルの入り口からロビーの奥まで、毒薬でも塗られていそうなアフリカの木彫り人形や、呪いのかかっていそうな奇妙なお面がそこここに飾り置かれている。ちょっと他とは毛色の違ったホテルで、 「黒人専用のホテル」 かとも思われ、値段は安かったが、安いということが返って不安にも思え、2泊しかできないということでもあり、結局却下した所だ。





しかし、もはや、黒人ばかりだからと躊躇している場合ではない。2泊だけでも恩の字だ。泊まれるものなら泊まってしまおう。とにかくそのホテルのフロントと掛け合うことにした。





今日もそのホテルは黒人ばかりが出入りしていた。今日も妙なお面や木彫り人形がそこかしこに飾ってある。が、今日はもはや満室で、明日も明後日も予約で満室だという。がちょーん。だめだとなるとなおさら惜しく思われる。





ホテルは通りにぽつぽつあるのに、どれも皆高い。埒があかない。何軒か回った内の、一番安いホテルに仕方なく明日から泊まることにした。その名も 「マンハッタンホテル」 ! なぜ、ブリュッセルまできて 「マンハッタン」 に泊まらにゃならんのか? しかも、安いといっても1泊2,600BF (約7,100円)もする。しかし3泊も取れた。よしとしよう。





こちらの名前を告げて宿泊の予約を入れようとすると、 「予約する必要なんて、ないない」 とフロントの人は言う。この混雑期に、どこも満室御礼のこの界隈で、予約も取らないホテルって・・・・・・? きちんとしたホテルなのか? 不安がよぎるが、他のホテルは高すぎて手がでないので、仕方がない。 「明日12時過ぎにおいで」 という言葉に従うしかない。





翌日12時に行ったら、 「もう満室だよ。え? 約束? 知らないねぇ。あんたたちの予約なんて入っていないよ。うちは予約で一杯なんだ。予約しなくていいって言ったって? 誰がそんなことを言ったのさ。さ~ぁ、知らないねぇ。」 と、言われかねなくもない。が、もう疲れたので、ど~でもいいや。ど~とでもなれっ。





とりあえず、明日からの宿も決まり (?) 、次はベルギーからフランスまでのバスを調べに北駅へ。ユーロラインズを使うことにして、ユーロラインズオフィスに行く。ところが、そこに用意されていたパンフレットは随分わかりにくく、 (アムステルダムのオフィスに置いてあったパンフレットは分かりやすかったのに! ) じっくり読まなければ内容が把握できない。そこで、とりあえず、パンフレットだけ手に入れてオフィスを出た。ブリュッセルにはあと3日いられることになったのだから、焦ることはない (はず) 。





大体、次の目的地をどうするか、まだはっきりと決めかねているのである。フランスに入ることは決めてあるが、パリに直接行ってしまうか、あるいは、ベルギーとの国境辺りにあるらしいシャルルヴィルに寄ってみるか。





シャルルヴィル! 若かりし頃、我々が突然脳天をどつかれた詩人、アルチュール・ランボオの故郷だ。 (私と夫を結び付けているのは今も昔もランボオだ。そもそも私は、彼のランボオの理解の仕方に惚れこんだのであったなぁ。遠い遠い昔・・・・・・。ワカゲノイタリ…・・・? ) シャルルヴィルを訪れるというのは、私の20年来、いや、かれこれ30年近い積年の夢でもある。





ところが、ガイドブックにはシャルルヴィルなどという地名は載っていない。当たり前か。フランスの片田舎の村がガイドブックに載っているわけがないのだ。日本できっちり下調べしてこなかったことが悔やまれる。シャルルヴィル・メティエールという地名は見つけた。しかし、そこが我々の目指すシャルルヴィルと同一の場所かどうかは定かではない。ベルギーやフランスに行けば、ランボーの故郷など、黙っていてもわかると思い込んでいたのだが、どうもベルギー人やフランス人はあまりランボオに興味がないらしい。さて、どうしたものか。思案中。





とにかく、今日のすべきことは一通り終わった。さぁ、あとはたっぷりブリュッセルの街を楽しもう。





: Arthur Rimbaud アルチュール・ランボオ・・・・・・


一般には 「アルチュール・ランボー」 と表記されるが、私は小林秀雄 (ランボーの詩を独特の感性で訳し、比類なき完成度をもってランボーの魅力を描き出した批評家) に敬意を表して、彼の表記 「ランボオ」 に準じた。 


          つづく





追記:日本に帰ってきてから、 「シャルルヴィル」 をインターネットで調べたら、あった、あった! やはりシャルルヴィル・メティエールでよかったのだ!





とある旅行社のツアーに、 「知られざるフランス~フランス北東部、歴史薫る古都と美しい田舎町~」 というのを見つけてしまった。 「詩人ランボーの故郷、シャルルヴィル・メジエールへ」。 「着後、ランボー記念館、ウィンストン・チャーチル広場へ御案内」。 「メティエール」 と 「メジエール」 の違いはあるが、フラマン語とフランス語の違いかもしれない。





それは、フランス東北部20箇所以上を、たった13日間で鬼のように周りまくる強行軍のツアーだ。その中で、ほんの半日だけ、 「シャルルヴィル観光」 に当てられている。シャルルヴィルに行って半日で切り上げてくる? 何しに行くの? って感じだ。特に観光シーズンの7月の料金は、東京発で50万円近い。 (飛行機代込み、朝食、昼食、夕食がほとんど付いていることを考えれば、料金的にはかなりお安いかもしれないが。) おひょ~。ああ。やはりあのとき、思い切って行ってみればよかった・・・・・・。


            つづく


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