2001年夫婦世界旅行のつづきです。オランダのアムステルダムも3日目。とうとう最後の夜です。ホテルのシャワールームは狭くって……色々工夫が必要でした。色々度胸も必要でした。





part120  シャワールーム脱出大作戦!   





ホテルは部屋も廊下も共同トイレも共同シャワールームも、どれもとても狭い。特にシャワールームには苦労した。





狭い廊下にトイレとシャワールームが並んでいる。シャワールームのドアの前に靴が置いてなければ、誰も使っていない証拠だ。よし。今だっ! と洗面道具やタオルや着替えを袋に詰めてシャワールームに入り込む。





「シャワールーム」 と言っても、 「ルーム」 と呼べるほどのスペースはない。ドアを開ければ、半畳ほどの、やや大きめのロッカーのような四角いスペースだ。清潔だし、シャワーヘッドなどの細かい仕様はぴかぴかの近代的なものなのだが、いかんせん、狭い。着替える所もない。四角い箱の中で、脱衣からシャワーから着衣まで済ませなければならないのである。





まず、靴を脱いでシャワー箱に入る。タオルなどの着替えは袋に入れて、なるべく “水域” から遠いところに掛ける。





シャワーヘッドは日本のもののように取り外しが利かない。多少首を傾げさせることができる程度である。だから、最初にお湯の栓を捻るときは、シャワーヘッドから出てくるであろう水の放物線流域をよけるように箱の隅に体を寄せる。熱湯を浴びたらたまらない。





様子を見ながら、シャワーを浴びる。乾いたタオルや服が濡れないように、極力水しぶきを立てないようにしなければならない。 (この辺の事情はアジアの安宿と大差ない。) 





石鹸置き場もない。仕方なくシャンプーや洗顔石鹸やボディシャンプーを水道の栓の上の多少平らな部分に置く。泡で手が滑ったりして、何度も石鹸やシャンプーをがこん、ばしゃりと床に落としては拾いしてシャワーを浴びる。ああっ、もぉっっ。欧米人は一体ボディシャンプーやら洗顔石鹸やら色々使わないのだろうか。もしかしたらただシャワーを浴びるだけなんじゃないか?





シャワーを浴びた後は、腕をよく振って水気を払い、袋をごそごそと探ってタオルを引っ張り出す。タオルでささっと申し訳程度に体を拭いて、服を着る。足の裏は濡れたままなのでズボンなどに足を通すときは、バレリーナのように爪先を立てるようにしなくてはならない。





服を身に付けたら、シャンプーなどの小道具を袋に回収して、小脇に抱え、そのままドアを開け、まず片方の足の裏を拭く。で、その片足はシャワー室の外においてある靴に収め、続けて一本足打法 (?) でよろよろしながら残りの足の裏を拭いて、ようやく靴を履き終る。





シャワールーム脱出成功。どっと疲れる。生乾きの体に服が張り付き、気持ちが悪い。そそくさと部屋に戻り、再び体をよく拭き直さなければならないのであった。やれやれ。





そんなわけで、3日目ともなるといい加減、シャワーが面倒になる。昨日はトイレのドアが開きっぱなしになっていて、トイレットペーパーがころころと尾を引きながら廊下に転がっていた。狭いトイレの便座に座ったままでは、壁についているトイレットペーパーホルダーからペーパーを引き出すのは至難の業である。私だって腰が釣りそうなのだから、欧米人の大柄な人はたまらないだろう。おそらくホルダーからトイレットペーパーを取り外して、手動でペーパーを使用して、そのまま放り投げたのであろう。お行儀の悪い客もいるようだ。さすが安宿だ。(我々にとっては十分高いけど。) 





どうせ、安宿だ。多少の “お行儀の悪さ” は見逃してくれるだろう。というわけで、3日目の晩のシャワー脱出には、ちょっと手を抜いてみた。 (止めときゃ、よかった……。)





つまり、シャワーを浴び終わったら、バスタオル一枚だけ体に巻いて、半裸のまま部屋まで廊下を突っ切ることにしたのだ。





バスルームのドアを開けて、ちょちょいと足の裏を拭いて靴を履き、さぁ、突き当たりの部屋まで行くぞ! と洗面具を小脇に抱えた私の目に、さっきと違う風景が飛び込んできた。





私の部屋へ辿り着くには他の2部屋の前を通り過ぎていくのだが、そのうちのひとつの部屋のドアが開け放たれているのだ。さっきまで閉まっていたのに! いつも閉まっているのに! なんで部屋のドアなんて開けっぱなしにしておくのだ? 





そろぉりと様子を窺うと、若い白人男性が二人、それぞれベッドの上で本らしいものを読んだり、荷物の整理などをしているようだ。幸いにも廊下の方を二人とも向いていない。我々の部屋は廊下の突き当たり。目の前に見えている。ほんの3mほどの距離だ。





幸い廊下は絨毯敷きだ。足音で気づかれることもないかもしれない。……行くっきゃないでしょ。いまさら服を着るのも面倒だ。ええい。気にするな。彼らは別に気づきゃしないだろう。青年たち、こっち振り向くなよ~。





祈りつつ、私は足音を忍ばせてダッシュを掛けた。バスタオルを巻いたままの半裸姿で、洗面具と服が入ったビニール袋を小脇に抱えて、すぱぱぱぱぱぁーっと彼らの部屋の前を走り抜けた。彼らの部屋を通り過ぎた瞬間、ひとりが振り向いたようだったが、お互い “瞬間のできごと” だ。気にするな。気にするな。青年よ。今、何か目に入ったとしたら、それは錯覚だ。幻覚だ。自分の仕事に集中せよ。





したたたたっ。スリッパの音も軽く、無事突き当たりの我々の部屋に到着。ささっと部屋に入ろう! うっ。しまったぁ! ドアには鍵が掛かっていたぁ。私がシャワーに出ている間、夫は一人部屋にいて、ドアに鍵を掛けるのだった。





ドンドンッ! 開けちくれぇ~っ! 早く、開けちくれ~っ! と力いっぱいドアを敲いて叫びたいところだが、騒いでさっきの青年たちが何事かと廊下に出てきてはたまらない。はやる心を抑えて、そっとドアをノックする。





しかし夫はまさか半裸で私が帰ってくるとも予想だにしていないので、小さなノック音になかなか気づかず、ドアを開けてくれない。今一度、もう少し大きなノックをする。心の中で叫ぶ。ぉ~ぃ。早く開けちくれ~っ! 一人半裸でじたばたする。ああ。やっぱり服を着てくればよかった……。





ようやくドアの鍵がはずされ、ドアが皆まで開けられる間もなく、部屋に滑り込んだ。ふぅぅぅ。無事帰還。やれやれ。肝を冷やした。半裸で部屋に戻るときは部屋のドアをすぐ開くように手筈しておくべきであることよ。折角シャワーを浴びたのに、冷や汗をかいてしまった。二度とホテルの廊下を半裸で歩くまい、いや、駆けまい! と肝に銘じたことであった。          





             つづく


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