2001年夫婦世界旅行のつづきです。バンコクでようやっと世界周遊チケットをゲットしました。昨日までは滞在許可が切れるまであと7日しかない! と焦っていたのに、チケットが手に入るや、あと6日もバンコクにいるのは、退屈~、と思うまでに余裕と見せる二人なのでした。

 

 

part101 チケットゲットしたからにゃ!

 

 

7月4日。今日ようやく、探しに探し、待ちに待った「世界周遊チケット」を手にした。

 

 

落ち着いて考えてみれば、そもそもM氏が「NATツアーが出してきた世界周遊のチケットなど存在しない」と断言したことから、話はややこしくなったのだ。

 

 

チケットをすんなり受け取るのも悔しいので、夫が少々異議を申し立てた。「チケットが存在しない」と言ったM氏の言葉が間違っていたこと、そのことから、結局同じチケットをより高額で購入する破目になったことに対して説明を求めてみた。もう昨日のうちに手付けを打ち、まさにチケット受け取るばかりの時には、何の強みもないクレームではある。

 

 

M氏は彼の“フライト便覧―虎の巻”のようなものをこちらに見せて、何やかや言い訳を並べ、彼の正当性を主張した。そんなもの見せられても、素人の我々にはとんとわからんことは百も承知のパフォーマンスだろう。

 

 

まぁ、こちらが安直に満足していないというとこを伝えただけでもいいのかもしれない。改めて素直に残金を支払い、チケットを受け取った。

 

 

色々振り回されたが、しかし、M氏に悪意があったとも考え難い。MPツアーは東南アジア周辺への周遊チケットやバンコク発のミニバスツアーなどを専門に取り扱っている小さな小さな旅行代理店。片や、白人客の多い、つまり欧・豪・米へのチケット調達が得意な、小さな小さな、されど白人経営の旅行代理店。M氏の情報網にNATツアーの商品が入ってこず、「存在しない」ということになったのだろう。

 

 

大手航空会社だって、いい加減なことを平気で言うこともあるだろう。M氏自身も振り回されたうちの1人かもしれない。彼は彼なりに、我々によくアドバイスしてくれたし、律儀に接してくれたとは思う。ありがとう、MPツアー。ありがとう、M氏。

 

 

そもそも、我々がM氏にある種の親近感なり信頼感を抱いたのは、彼自身がかつてバックパッカーだったからだ。

 

 

バックパッカーとして世界を旅し、果てはタイ人女性と結婚してタイに住みつき(結婚が先か、住みついたのが先かは不明)、小さいながらも旅行代理店をバンコクで営む男。

 

 

カウンターでしょっちゅう飛び交う、喧嘩腰の夫婦の会話は、タイ語なので何を言い合っているのかわからないが、奥さんとナンダカンダ声高に言い合っては、ぎょろりと目を剥いた奥さんの、フンッと激しい鼻息で話が切れる。

 

 

そのたびに八の字眉毛をさらに寄せて、ふぅぅっと諦めたように深いため息をつくM氏が、我々にはとても人間臭く感じられた。「タイの女性は気が強いですよ……。」日本語なので奥さんにはわからないだろうに、聞こえぬようにそっと呟いたM氏の“とほほ”な一言が、今も耳に残る。

 

 

MPツアーに何度も通ううちに、M氏はいろいろなアドバイスをしてくれた。M氏のかつてのバックパッカー旅行談義も聞かせてくれた。

 

 

彼が今までに周った国は、世界55カ国だという。ヨーロッパ、アメリカはもちろん、アフリカ、南アフリカ(アフリカと南アフリカをわざわざ分けて言う理由は謎)、中南米などなど……なかなか恐ろしい所も旅をしている。

 

 

3人組みのはがい締め強盗にあった」り、「コンビニで買い物中に銃を持ったコンビニ強盗が入ってきたときは、手を挙げてじっとしていた」などという話は、聞くだに恐ろしい。

 

 

強盗、スリ、かっぱらい、詐欺師。世界中の至る所、物騒の一言だ。M氏はかなり体格もいい人だが、そんな人さえ「はがい絞め」にされてしまうのだから、ましてや“非体育会系”の我々など、一捻りであろう。くわばら、くわばら。

 

 

噂によると、タイもまだまだ物騒なようだ。「お金さえ出せば何でもやる」奴がいるらしい。(警察がその筆頭?) 自分の妻を切り刻んで殺した医者は、明白な物的証拠があるにも関わらず、「無罪」になったそうだ。代議士の息子は街中で銃を撃っても、何のお咎めもなかったという。貧乏人だったら、「即死刑」なのだそうだ。なんじゃ、そりゃ。無法地帯じゃないか。

 

 

以前仕事でタイに駐在していた我々の先輩も、「タイ人は、お金さえ払えば何だってやる奴らだ」と吐き捨てるように言っていた。「警察が当てにならないんだ」と。    

 

警察は金持ちの言いなりなのか。それじゃ、安心して暮らせないじゃないですか。「タイにやくざはいないんだ」 え? それは治安がよいということでは? 「警察がやくざと化しいているから」……らしい。どひぇ。

 

 

日本は「放置国家」だと腹立たしく思っていたが、「“金持ち=法”治国家」よりはまだまだましなのであった。

 

 

しかし、以前マレーシアのランカウイから船でタイに入国した際、サトゥンのお巡りさんはとても親切だった。タイの南の端だから、大都会バンコクの警察とは違ってスレていないのだろうか。日本の警察官のブカブカした制服と違って、ぴっちりした焦げ茶の制服が、警察官の胸板も厚く、たくましい筋肉を誇らしげに強調していた。いかにも腕っ節に自信あり! という感じであった。動作もきびきびして、眼光鋭く、一見怖そうでもあるが、とことこ道を尋ねに近寄っていった私に、破顔一笑、丁寧に受け答えしてくれたものだ。

 

 

私はちょっと感じがいいと、すぐにその人を信用してしまう傾向がある。ものごとには表裏があるということを、つい忘れがちになる。

 

 

これまでは運よく、何事も起こらずに来た。タイも3度目(夫は4度目)でついつい慣れもあってか、カオサンのダレた雰囲気のせいもあってか、いつの間にか緊張が緩んでいた。旅行は常に危険と隣り合わせなのだ。ここら辺でぐっと気を引き締めねば。

 

 

さて、チケットを無事手に入れたからには、世界周遊に向けて準備に入る。

 

 

まずはチケットをコピーする。MPツアーの裏側のスペースに小さなカウンターがある。クリーニング屋かと思っていたら、コピー屋だった。二人分で19.3バーツ(約54円)。今まで見たこともないような、小さなサタン硬貨(バーツより小さい単位)がおつりとして返ってきた。その小さな硬貨が一体何サタン硬貨なのか、あまりにどす茶色く汚れていて、判別不能。なんだか随分細かい中途半端な金額だが、まぁ、よし。コピー、OK。

 

 

お次は、チケットのリコンファーム! (リコンファーム=フライトが予約してあることを出発72時間前までに航空会社に確認すること。これをしなければ、予約をキャンセルしたと見なされてしまうことがあるらしい。) M氏は「リコンファームはもうしてあります」と言うものの、今までのことを考えると、あまり彼の言葉を鵜呑みにして安心できない。

 

 

念のため、自らリコンファームだ。電話一本で済めば楽だが、向こうが聞き取りやすいきれいな英語で話してくれるとは限らない。タイなまりの癖のある英語をまくし立てられたりしたら、電話での意思疎通は心もとない。直接話したほうが確実である。シンガポール航空のオフィスまで出向いて、チェックすることにした。

 

 

シンガポール航空はシーロム通りにあった。シーロム通りはバンコクの中心的ビジネス街である。シーロム通りの脇道には、世界中の観光客が集まる歓楽街“パッポン通り”や、日本人がよく行く居酒屋やバーが軒を連ねる“タニヤ通り”が、夜ともなれば、ビルの谷間を彩るのであるが、昼間の通りは生気を欠いて“お間抜け”である。「マッサージ」とカタカナで書かれた看板が、強烈な昼の日差しの中で色褪せている。

 

 

昼日中、シーロム通りをサンダルでぺったんぺったん歩いている人間は少ない。“近代的でしょ!”って感じのロビンソンビルのすぐ隣の、これまた“ビジネスしてるでしょ!”って感じのビルは、サンダルで入っていくには気が引けるご立派なビルであった。ビルの中に入って行くと、タイ人には似つかわしくない、いかめしい顔つきの警備員がドアボーイをしながら、エレベーターに乗り込む人間をチェックするのが仕事らしく、こちらの人相を胡散臭そうに窺っている。

 

 

こういうとき、不思議と、「ボロは着てても、おいらは日本人だぞ!」という妙な気概を身内に感じる。なぜだろう。しのごの言いながら、ぶつぶつ文句を言いながら、やはりどこか根底では、日本人であることを誇る気持ちが私の中にはあるらしい。

 

 

12階で降りると、そのフロアーはシンガポールエアラインのオフィスである。これまたドアボーイ兼ガードマンのさっきよりは幾分愛想のよい男が、我々の風体を上から下までチェックしつつ、ドアを開けて案内してくれた。

 

 

がらんと薄暗く、冷房が行き渡って、しんしんと冷えたフロアーに、客は我々を含めて3組だけ。従業員2名がカウンターで応対している。なんとも静かなオフィスであった。こんな閑散としていて、商売がなりたっているのだろうかと心配になるが、余計なお世話である。

 

 

対応に出た係りの女性はタイ人女性であった。おでこの辺りがすでに聡明そうだ。美しい英語で、我々にもわかりやすく丁寧に話してくれる。我々の服装を上から下まで眺めることもない。とても感じのよろしい美人であった。

 

 

見とれていないで、肝心なことを確認する。我々の7月10日発のチケットは、MPツアーの言った通り、既にリコンファームされていた。よし。

 

 

次に、我々の周遊券のリミットを確認。周遊券の期限は6ヶ月だ。日付変更線を跨いだりするわけだから、日付には重々気をつけなければならない。「バンコク時間で2002年の1月10日までにバンコクに到着していればいい」ということだった。

 

 

それならばと、昨日とりあえず予約を入れてしまった1月2日の帰りのフライトを1月8日に変更した。1月8日にサンフランシスコを出発すれば、日付変更線をまたいで、10日にバンコクに着く。ぎりぎりだ。しかし、これで目一杯、ご当地が満喫できる。ぎりぎりだが、よし。

 

 

我々のタイの滞在許可の限度は7月10日、タイを出発する日も7月10日。そもそも出発日からして、ぎりぎりだ。その移動の日に、ストが起こったり、事故が起こったりして、フライトに間に合わなかったり、飛行機自体が飛ばなかったりしたら、我々は、即“不法滞在”だ。おおごとだ。

 

 

普通は1日、2日余裕をみておくものだが、「でも、ま、大丈夫、大丈夫。何とかなるよ」と、またもや暢気の虫のささやく声に耳を傾けるのであった。

 

 

とにかく突発的な問題さえ起こらなければ、特に支障はない。確認。よし。マイレージも押さえた。よし。不安なことは一通り確認し、気持ち良くオフィスを出た。

 

 

カオサン通りに戻って、次は、大きな声では言えないが、「偽学生証」入手。ヨーロッパでは偽学生証が結構“使える”のだそうだ。それがあれば、美術館など「学生料金」で入れる。ヨーロッパでは学生の年齢層は幅広く、中高年、老年の学生も多いらしく、我々が学生証を提示したって怪しまれることはないらしい。

 

 

カオサン通りを歩いていれば、偽学生証屋さんが2、3軒見つかる。50バーツ(約140円)~150バーツ(約420円)。随分値段に差があるが、仕上がりにそれほど違いはない。他の人が作った見本を参考に、それらしい大学名などをリクエストすれば、アルファベットのシールを台紙に器用にこすり付け、写真を貼り付け、あっという間に偽学生証を作ってくれる。

 

 

本物の国際学生証というものを作ったことがないので、出来上がった偽学生証が、どれほどの出来なのか、まったくわからない。が、M氏の言によると、「全然大丈夫。奴らは学生証なんて、じろじろチェックしませんから」ということらしい。ま、様子をみて使えばいいや。とにかく偽学生証を作るということ自体が愉快で、よろしい。

 

やや老けた顔をした、かなり胡散臭そうな学生証ができあがった。よし。

 

 

カオサン通りで、カメラのフィルムも買い込んだ。ヨーロッパでは高かろう。今のうちに買いだめだ。よし。タバコも多めに買い込んだ。よし。必要書類はみんなコピーした。よし。

 

 

さて、出発まであと5日。チケットが手に入ったとなると、じっとカオサン通りにいるには、少し長い。そこで、どこか近場に出かけてみることにした。

 

 

タイのガイドブックが手元にないので、本屋を探したが、大抵本はビニールにぴっちり包まれていて、立ち読みができない。で、またもやMPツアーに行き、店の本棚からタイのガイドブックを借りて読ませてもらい、検討した。

 

 

夫はパタヤに行きたがったが、我々は既に一度行ったことがある。どうせなら、まだ行ったことがない所に行きたいではないか。でしょ? でしょ? と「でしょ?」攻撃で夫を納得させて、パタヤより少し遠いが、サメット島というリゾートアイランドへ行くことに決めた。「サメット島」……聞いたことがない。鮫がいっぱいいるわけでもなかろう。「コメットさん」がいるわけでもなかろう。うーん、どんな島なのか。ワクワク。

 

 

聞くと「ツアーバス」が出ているという。お安い「遠距離バス」のバスターミナルまで行くことを考えると、MPツアーのオフィスビル前から乗り込めるツアーバスの方が結局得なので、申し込んだ。

 

 

いざツアーに行くとなると、俄かに気忙(きぜわ)しくなった。明日5日は朝8時に集合だという。朝寝坊などしていられない。ツアーバスに乗り込んで、午後にはサメット島に着く。宿を予約していないから、まず宿探しから始めなければならない。まぁ、サメット島などという聞いたこともないような島なら、客が押しかけるわけもなく、宿はすぐに見つかるだろう。そして中2日、ゆっくり海辺で過ごして、「リゾート」して、7月8日の午後のバスでバンコクに帰ってくる。9日は念のため“休養”と最後の“準備の日”として一日とっておく。

 

 

などと、ぱぱーっと計画を立て、早めに夕食を済ませ、明日のためにとっとと就寝。さぁ、レッツゴー、サメット島! だ。

 

          つづく

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