母に統合失調症のような症状が出始めたのは、数年前の年末ごろだった。
あるときから母は、
「泥棒に入られた」
と言うようになった。
家のものが無くなることが度々あり、それを泥棒に入られたと思ったらしい。
警察に来てもらって調べてもらったり、
家の鍵を付け替えたり、
色々な手を打ってみたが、ものがなくなることは無くならなかった。
無くなる物は、たいてい母が管理していたものだ。アクセサリーや衣類など。
私のワンピースも一着無くなった。
家中の戸締まりを全て確認し、玄関の鍵も変えたばかりで、泥棒の入る方法など無さそうなのだが、なぜか次の朝には何かが無くなっている。
正確には、無くなっていると母が訴える。
私は、半分は母を疑い、半分は不安になりながら、毎晩の戸締まりチェックを手伝うことしかできなかった。
やがて、新たな事件が起こる。
母が言うには、「泥棒が盗んだものを戻しにきた」らしい。
盗られた物が元あった場所とは違う場所から出てきたと言うのだ。
いよいよ、私の中で母への疑いは大きくなった。嘘をついているとは思わないが、ボケが始まったのではないかと思った。
母の妄想はその頃から急に加速する。
外に出掛けたら、誰かにつけられているように感じる、と言う。
我が家は何者かに狙われているのではないか、と言う。
母の頭の中ではいつの間にか壮大なドラマができあがっていたらしい。
母の言うことは支離滅裂で、わからないことの方が多かったが、なんとか繋ぎ会わせて想像すると、こんな内容だ。
我が家は国家機密に関わってしまった。それを狙う者がいる。詳しくは言えない。言ったらあなた(私)まで危険になる。
やばいな、と思ったのが遅かった。
次の日私が仕事から帰ると、母は置き手紙を残してどこかへ出掛けてしまっていた。
手紙には「強く生きてください。さようなら」と書いてあった。
私は慌てて父に電話した。
父はしばらく待って帰ってこなければ警察に連絡しようと言った。私は病院を探すことにした。
精神疾患を扱う病院なんて、全く知らなかった私は、ネットで検索した病院にとりあえず電話をかけてみた。
母の最近の様子と今の状況を泣きながら話した。電話で対応してくださったかたはとても優しくて、私をねぎらい、「いつでも来てください。受け入れられるようにしておきますね」と言ってくれた。
その言葉はとてもありがたく、少し心が落ち着いた。
母は、その日の夕方帰ってきた。
父が警察に相談に行ったちょうどその時で、捜索願いを出さずにすんだ。
安心したのもつかの間だった。
母は帰ってくるなり、私にこう言った。
「腹痛のふりをして。救急車呼ぶから」
……(゜゜;)??
母はさらにこう言った。
「○○病院に避難します。あそこが一番セキュリティがしっかりしてる。かくまってもらおう。敵に知られないように、急な腹痛で運ばれたふりをするの。」
……私は泣きそうになるのをぐっとこらえた。
まさか自分の母がこんなにおかしくなるとは思わなかった。こんな風に急激になるもんなんだな、と驚きもあった。
とにかく病院につれていかなければ、と思っていたが、救急車を呼ぶのは絶対ダメだ。
母の言うことを否定してはいけないような気がして、また、病院に行こうと率直に言うことも憚られ、どうしたらいいのかわからないまま、のらりくらりと「そうなの?」「病院の先生は大丈夫?」などと、とにかく会話を繋げていた。
母がしきりに「危険だ」「セキュリティが」とか言うので、私は「それなら警察に行った方がいいんじゃないの?」と言ってみた。
母はすんなり納得した。
父、母、私の三人で、警察署を訪ねた。
父が捜索願いを出そうとした警察署だ。警察のか方も事情を察してくれていたのだと思うが、迷惑をかけることはとても忍びなかった。
母は対応してくださった警察官に言った。
「ごめんなさい、私のセキュリティが甘くて、大事な情報をもらしてしまったのがいけないんですよね。
でも、私たちをこっそりまもってくださってましたよね?ずっとヘリコプターが見張ってくださっているのがわかりました」
警察官は、母の言うことを全てきっぱり否定してくれた。
「あなたは何もしていません。情報も何ももれてませんから大丈夫です。ヘリコプター?それは警察ではないです。たまたまいただけでしょう。見張ったりもしてません。」
「え、そうなんですか?」
母はあまりにもきっぱりした警察官の対応に、唖然としていた。
そして、やや混乱した様子で、呆然としていた。
母の話が終わって、父が警察の方と話をしている間、私は母と受付のソファで待った。
母は
「やっぱりはっきりとは言わないね。でも、あの方は私にだけわかるように、ちゃんと合図をしてくれたわ」
と言っていた。
私はそこでやっと、「病院に行こう」と言った。
「病院、行くよね?」
パトカーが先導して連れていってくれることになった。
警察に守られながら安全なところに行くのだ、と思ったのか、母は素直に従ってくれた。
昼間電話をしておいた病院に、もう一度電話をする。もう夜7時過ぎだったと思うが、病院は対応してくれた。
母はその日から入院が決まった。