加藤修滋のブログ

加藤修滋のブログ

日仏シャンソン協会活動記録及びシャンソン界のニュース等

この所、分野を問わず「ラグジュアリー」が流行の兆し。

曰く「ラグジュアリー・ホテル」「ラグジュアリー・レストラン」「ラグジュアリー・ドレス」あるいはVIPルームを「ラグジュアリー・タイプ」と言ったり・・・。

 

 

本来の意味は、”豪奢” ”豪華” ”贅沢”の意味。

 

 

今までより良く使われる様になってきたのは時代の流れか?

その意味では「エルム」では他に先駆けて「ラグジュアリー」を使ったので予知能力があったのかも?(自画自賛)

日本の演劇界を変えた人と言えば、タイトルにある3人。

 

 

特に唐十郎率いる「状況劇場」に私は心を奪われていました。

新宿歌舞伎町「花園神社」での「紅テント」と言われる移動芝居小屋のラスト・シーンは絶妙。

テントの幕を振り下ろすと、そこには大都会の夜景。

彼の芝居は終わることない日常の人生へと続く。

「特権的肉体論」に心惹かれ、自分たちの活動に活かそうとしましたが、無理でした。

 

 

パートナー李礼仙が復帰前の沖縄公演に参加できないと言われ反骨精神で作られた「腰巻お仙」「二部物語」(韓国~日本)を観た記憶は今も鮮烈。彼に薫陶を受けた麿赤児、根津甚八、小林薫、不破万作等は各々活躍を続けている。

 

 

新宿中央公園で200人の機動隊に囲まれつつ行った「腰巻お仙・振袖火事の巻」で、ジェラルミンの盾を前に唐の放った一言「見よ!この機動隊」が権力と対峙する彼の真骨頂。

 

 

1960年代の絶頂期からの作品が多いが中には「吸血姫」(鬼に掛けた)や後継者の「唐組」による新作まで、今の若者の中にもその志は生きている。

 

 

海外公演で最も価値あるのは1974年パレスチナで行ったアラビア語の公演。

混沌とした世界にあって未来を見据えた眼力には脱帽。

 

 

更に「中村勘三郎」が唐芝居に影響され客席との距離感を近づける「宙乗り」を計画し、「歌舞伎の原点は紅テントにある」と言って、今日の新作「平成中村座」で屋台崩しを計画。

 

 

2000年には隅田川の河川敷で公演を行っている。

私は名古屋での唐十郎の「紅テント」佐藤信の「黒テント」を観ている。

 

 

寺山修司の「天井桟敷」はコンサート・ホール公演を観たが、ここでは言及しなかった「早稲田小劇場」のステージ含め、今でも心ときめく芝居ばかり。おそらく私の友人・深沢君の「リーディング・シアター」や「スペイン芝居」も同様にそれらの芝居に影響されているに違いない

経済誌でありながら、文化的記事にも注力している「月刊東海財界」が、5月逝去の「唐十郎」について6月号で2ページの速報をして驚いた。

 

 

普通、月刊誌は2ヶ月前でないと記事を組みにくいけれど、この素早い編集には脱帽。

塚本社長の睡眼と思われます。

あっという間に半年が過ぎ「エルム」にとって最も大切なコンサートを迎えました。

多くのお客様のお陰で、こうして半世紀にも及ぶ私達の活動が続いている事に心より感謝します。

 

 

今回の「名古屋巴里祭」を機にご来場の皆様が「エルム」の歴史をより深く知って頂ける事を切望しています。

やがて40年近くになる「Café concert ELM」の懐かしいパンフレットを今、眺めている。

芸術的な写真と設計者の手によるロゴは自画自賛したくなる出来栄え。

 

 

杮落しは「菅原洋一」、

続いて「美輪明宏」、「瀬間千恵」、「渡辺歌子」、「阿保郁夫」、「嵯峨美子」、「奥則夫」、「仲代圭吾&行代美都」、「マリキータ&ジロー」等錚々たる東京からのゲスト陣に加え、

 

 

地元のレギュラー「川出祥代」、「タンゴ・デ・ラ・エスペランサ」、「上田梨詠」(彼女は南山大学出身TRB出身でヤマハ国際歌謡祭で歌唱賞と川上賞W受賞した「ミスター・ロンサム」がヒット)を中心に、オーディションで選ばれたエルム・シスターズ(野原百合子、黒川泰子、勝野恵美子、東川智子等)もがんばっていた。

 

 

経営的にも開店に際し個人1万円、法人5万円の100名限定メンバーズ会員を得て順風満帆の船出。古き良き時代のお話。

 

 

コロナを経て今は、後継者も運営スタイルも変わったが、理念は変わらず続いている。

私自身は車イス生活の中でブログを書く毎日ながら「エルム」の栄光が続く事を願っています。

 

 

 

 

何度も記述したので、一部再掲となりますが

まだ「名古屋巴里祭」と名前を変える前の事。

 

 

パリ祭の時期だけでなく、冬にも催事を開催していました。

「パリ祭」には、仲代圭吾、川出祥代・・・

「冬のシャンソン・フェスティバル」には、美輪明宏、瀬間千恵、グレコ・・・

と内容も変えていました。

 

 

時代は変わり、

今年、初日の「名古屋巴里祭」のゲストは「ダイアモンド☆ユカイ」!

新しいエルムに相応しい”魂を感じる表現者”。

 

 

そして2日目のゲストは、「瀬間千恵」!

mss小劇場の時代から出演を続けて下さり、シャンソン文化に多大な貢献をされたレジェンド。

 

 

過去のエルムを築いてこられた多くのアーティストや

新しい時代を担っていく素晴らしいアーティスト達。

今のエルムは、人々が集う文化の情報集積地とも言うべき存在です。

 

いよいよ毎年恒例の「名古屋巴里祭」が開催されます。

 

 

今年のゲストは、

シャンソン界のレジェンド歌手「瀬間千恵」、

ロックンローラー「ダイアモンド☆ユカイ」。

そして「エルム」を代表する歌手達によるステージです。

 

 

私は今の身体の状態では会場まで行く事が出来ませんが、私そしてエルムが行ってきた軌跡をまとめた記述物を書きました。名古屋巴里祭のパンフレットに折込します。

 

 

開演までのお時間に読んで頂けるよう、開場から開演まで1時間とりましたので歴史を知って頂けますと幸せです。

 

 

テレビから流れて来た日本人の歌う「灰色の瞳」を耳にして、オリジナルのフォルクローレを知っているだけに哀しかった。

私も面識のあるウニャ・ラモスの名演奏は、まさに「至宝」で日本人「エンタメ」とは相いれない。

 

 

歌で言えば「世界三大ギタリスト」の一人でもあるアタウアルパ・ユパンキの弾き語り、そしてコーラス・グループのエル・カントーレス・デ・キジャウアシ、ブエノスアイレス・オーチョ(スキャットも一級品)等、伝統的な歌もモダンなスタイルなものも、アルゼンチンには国宝級の人達がたくさん居る。

 

 

そうした人達と親しくお付き合いさせていただけた事は、忘れ得ぬ想い出です。

大学時代からの友人「深沢伸友」君から突然の連絡。

 

 

2025年公演をもって劇団クセックACTは”幕を降ろす”と言う。

1980年、「七ツ寺共同スタジオ」で結成以来、スペイン芝居にこだわって、スペインはじめ海外公演を行って来た。

 

 

活動の原点のひとつにKSEC(国際青年演劇センター)があり、演出家「神宮寺 啓」の活動を深沢は支え続けた。

 

 

一時期、彼らの練習場所はmss会館の2階であった。

安保闘争の時代、その活動には社会への”アンチ”が内在していた。

「すり足」を基本とした肉体表現は「デフォルメの美学」を伴い、早稲田小劇場、寺山修司、唐十郎、麿赤児、佐藤信、火田詮子、榊原忠美、吉田憲治の役者も輩出した。

 

 

私も「血の婚礼」「ベルナルダアルバの家」はじめ20本近くの作品を直接観た事から、幾人もの作家(ガルシア・ロルカ、フェルナンド・アラバール等)に興味を持つ事になった。

 

 

私の音楽活動の中心のひとつ「エルム」で開催する「平和希求ライブ」は、こうした深沢やその盟友である榊原と心を通じ合っている事を申し添える。

 

 

そして、こう言おう

「君達には、まだ次の道が待っている」と・・・。

 

東京都庁のプロジェクション・マッピングがニュースとなっている。

 

 

本来、直下型地震対策、子育て支援等、知りたい政策が置き去りとなり48億かけた事は無駄使いと賛否両論。

 

 

同じ首都でもパリの新旧凱旋門を結んで「ジャン・ミッシェル・ジャール」が行ったプロジェクション・マッピング・コンサートは200万人を集め、モスクワの赤の広場では300万人とケタ違い。

しかもその時の経済効果だけでなく記録DVDは今も世界各国で販売されている。

 

 

考える事の規模の違いに驚くばかりです。