これが,私の20歳になりたての4か月間の海外行きあたりばったり旅の始まりでした。

 その後,広州→桂林→柳州→昆明→西双版納→成都→烏魯木斉→吐魯番→北京→上海→香港を主に陸路で移動(成都(チョンドゥ)から烏魯木斉(ウルムチ)までを航空機,上海から香港までをフェリーで移動)し,香港からタイに渡り,バンコク→チェンマイ→プーケット→コーサムイ→マレーシア・ペナン→バンコク,そして再び香港を経由して帰国したのでした。

 今からおよそ30年前のことです。

 当時の自分は,率直に言って,広大なアジアの風景に比べて日本の風景とはなんとちっぽけなんだろうかと感じていました。

 そして,物の値段が交渉次第で決まる,人の感情がぶつかる場面の多いエキサイティングなアジアの国々と比べ,全てが定価販売で整然として人の生きたコミュニケーションが感じられない退屈な国・日本(あくまでも,当時の私の独断と偏見です)に幻滅を感じもしていました。

 しかし,それは,外国の姿を表面だけなぞっただけのような経験であり,では日本とは一体どんな国なのか,日本人である自分とは何なのか,を考え始めるためのほんのきっかけに過ぎなかったのです。(続く)