まぁその
だからいけないとかじゃないけど
やっぱり人間ってゆうのはみんな
狂っていて
このアタマの中のストーリーを
信じて
しがみついて
それが動機で
ヒトを殺したり
自殺をしているからね。
狂っているのは
犯罪者だけではなく
司法も同じたからね
存在しないストーリーを
もとに
ヒトを裁くからね
でその社会的なシステムを
誰一人疑わないことも
また狂気だからね
要するに
人間ってゆうのは
あまりにもストーリーに埋没しすぎていて
非二元ってゆう
立場で仮に
二元的なメッセージであっても
それは存在しないことを
どこかで
発してかないと
人生ってゆうのは
もうこのアタマの中から
ストーリーからうまれる苦悩から
逃げること
戦うこと
この世界で
生き残ることに疲弊して
終わってしまうとゆうか
たかだか70年とゆう人生が
結局
存在しないものは存在しないとどこかで見抜かない限りは
人生に安らぎなんて
訪れねえと
わしも思うわけさ
存在しないものを
存在すると
信じて戦ってるうちは
無理、とゆうか
ただまあなんどもゆうが
人間はそのようにしか
生きれない、んだけど
あの~
何か
前にテレビ見て思たん
園児がバスの中で熱射病で亡くなって
責任者の
園長がてへぺろ記者会見して
めちゃくちゃ批判されてたあれ
で確かにご遺族のかた気の毒だし
まわりがあの無責任な
記者会見に怒るのは理解できる
だけど
そんとき見てたのが
ミヤネ屋かな情報ライブの
そのときも
ミヤネさん始め
出演者が
「無責任だ」
「こんなひとが園長はダメだ」
とかゆうじゃないすか
お決まりの
だけど、
その
わし思うんだけど
「あなたたちは結局どんなニュースであってもそうゆう態度をとりますよね」
って思うのさ
今回はたまたま
業務上過失とゆっていいかわからないが
こうゆう無責任なヒトにたいして
カズワンの遊覧船の事故の
ときは
カズワンの社長にたいして
結局
メディアがやりたいことって
そうゆうことなのかって
思ってしまうとゆうか
事例がかわっても
とゆうか
ただ単に
事件が変わってるだけで
コメンテーターの態度や
発言って対して変わらないと
結局
悪いものに対して
悪いとしか
ゆえない
じゃあ
また世の中では
あり得ない事件がおきますよね
誰かの
ミスで
そんなミスあり得ないだろって
ゆうようなミスでまた
何人も亡くなる事件が起きる
そうすると
また
同じような態度を取る
確かにこれも
人間なんだから
仕方ないと
ゆうめんもあるよ
だけど、
コメンテーターが
「こんなものは間違えてる」と
発言して
共演者に頷かれて
賛同されて
その場で出演者達が
仲間意識とゆうか一体感で安堵したいがために
あなたの意見は正しいよと
只、傷をなめあってるようにしか
わしには
見えない
これも人間だから仕方ないわけ
人間ってのはあなたの意見は
正しいよってゆってもらいたいわけさ
みんな
只、
それしかやらない
とか
ニュースが、おきるたびに
その
正論を振りかざして共演者同士
傷をなめあうさまを
見せられるのが情報番組なら
俺は芸がないと思うし
メディアの在り方を疑う
それを見せられるのがテレビなのかと
そもそも、
あり得ないことに対して
あり得ないってゆうのは
至極真っ当なわけ
それほど簡単なことはないの
別に
簡単なこと正論をコメンテーターとして
ただ展開するだけが
私達が見たいのかとゆわれたら疑問
あり得ないことは
別に
コメンテーターに
わざわざあり得ないとかゆわれなくても
うちらはわかるから
バカじゃねえからそこまで
ずさんな責任管理で
二十数名が冷たい海に投げ出されて
全員が亡くなったことが
いかに悲劇であるかなんて
ゆわれなくてもわかるから
だけど、俺達の扱う現代のスピリチュアルってゆうのは
このテレビ出てるコメンテーターより
遥かに残酷なわけ
なんでかってゆうと
潜在意識つまり
自分原因説を唱えるってゆうことは
「おきたことは全て自分の意思で起こした」
とゆう解釈だから
要するに
テレビのコメンテーターってゆうのは
この角度からはモノをみないわけ
一切
だから例えば
亡くなりました
事件事故に遭いましたってなると
全てが
「自分の意思とは関係なく巻き込まれた」
ってゆう
解釈でモノをみる
だから
被害者が気の毒で可哀想
加害者が許せない
ってゆう
被害者を常に
擁護する立場にあるわけ
彼らは
自分原因説は
これと
逆だから
擁護さえされないの
まぁなにか起きれば労いの言葉くらいはまわりから
貰えるかもしれないが
いつまでも
不運で可哀想な被害者とゆう
見方は周りからはされない
なぜなら
「全て自分で起こしているから」
自分で起こしてることに対しては
それが不運なことであっても
まわりは可哀想ね
とはならない
不運とゆう言葉さえあてはまらない
だから残酷なの
つまり
どちらを選ぶか
人生の主導権は握らずに受け身で
良いことも悪いことも
起きる事象は選ぶことも出来ず時として不運なことに巻き込まれる被害者的立場で
まわりから可哀想とゆわれ擁護されるか
同情も擁護もされない代わりに
主導権を握り
全てを支配する立場にまわるか