(だいぶまえの記事ですがいねゃろ😿)
なんかたまには
非二元の話をしよう(唐突)
わしは
阿部俊郎さんの
ファンで
この人は
非二元の第一人者
ではないと思うけど
権威といっていいかなと
でこの人のブログをよく読むんですけど
なんかそのわりに
わしは
非二元についてとか
そっちけいのはなしあまり
しないんだが
なんのはなししてるかとゆうと
リングの話をしています
なんか
自分のブログが何系なのかいまだ
掴めない
いや、
固定化させてはいけないんです
それがわしの
モットーですが
あのー
ああ非二元ってゆうのは
まぁもしわからないひとがいても
わかるように
簡単にゆうね
なんかずっと前に思ったことなんだか
阿部さんが
コロナで騒ぐ世の中を
少し
批難してた記事があって
まあわしは、いまもう
コロナとか
政治とか
もう興味無さすぎてなにかを
ゆうきにもならないんだが
ただ阿部さんのゆうことも
凄くよく理解できるとゆうか
その阿部さんが
日頃よくゆうのが
てか非二元のスピーカーのだす
メッセージってゆうのが
まごめんめちゃ簡素にまとめると
人生で起きる全てのストーリーは
存在しない
存在してもアタマの中にしかない
だから
苦しみは外側の世界にはなく
内にしかない
ってゆうことだと
思うの
で
人間ってゆうのは
この人生とゆう
ストーリー
つまり過去であれば
私に起きたこと
世界で起きたこと
未来ならこれから起きうること
それら存在するとゆう
前提で
討論したり
振り返ったり後悔したり
備えたりしながら
生活するじゃないすか
私も含め
非二元のスピーカーも含めみんなが
なんでかってゆうと
これも
人間はそのようにしか生きれないから
だけど
じゃ
非二元のスピーカーの
存在する意味は何かってゆうと
まあその
みんながそうかってゆうのは
決めつけないが
阿部さんのブログをみて
感じることは
ストーリーに埋没しながら
生きてる私たちに対して
それらは存在しませんよと
お知らせをする
これは人生で疲弊する私たちに対して
ストーリーとゆう
荷物を降ろしくつろぐきっかけを与えてくれるものであって
私達は
あまりにも
ストーリーに埋没して
善悪のジャッジをして日頃生きてる
当然ながら
非二元側からみるとこの
人間の営みはある種の
滑稽さもあるわけ
時間の中でおきた出来事にしがみついて
さらには存在しないアタマの中にしかないことを
さも存在するかのように
それを題材にして
討論する
人間のさまとゆうのは
ただあくまで
純粋な非二元ってゆうのは
存在しないものストーリーを
あるかのように振る舞うことは
「間違えてる」
と
意見さえしないもの
なんだけど
しない、とゆうか
できないとゆうか
一元性を保ってないから
「正しい」とか
「間違い」ってゆうのは
一元的なものではなく
二元的なものだから
その時点でノンデュアルでなくなるから
まあそれを
踏まえた上で
非二元のスピーカーは
メッセージを出してるの
みんな
それを踏まえたうえでってゆうところが
味噌だからね
その
「これは非二元のメッセージだから真実である」
ってゆうのは
存在しないの笑
だから
阿部さんみいな
権威のあるひとがなにかを
ゆうと真実に聞こえるけど
ちがうの
何が違うかとゆうと
その真実は
相対的真実だから
嘘の裏にある真実
二元的なものだから
一元性を保ってない以上は
真実(非二元)であることは
あり得ないからねってゆう
わしのゆうことも勿論そう
ただ、
二元的な次元では
ジャッジはできるよ。
あの人は
正しいとか
間違えてるよね、
とかね
だからその
二元的な次元で
ゆうわけさ
「コロナで討論するなんて滑稽だね」
と
あくまで非二元は
ストーリーに埋没するとゆう
態度を取らないから
やはり人間のやってることは
どこか滑稽ってゆうか
狂気とさえゆっていい
テレビをつければ
存在しない
ストーリーについて
討論してるから
ニュースもみな全て
だから阿部さんは
それに対して
まぁ意見をゆったわけさ