2巻  より

 

第3巻の副題は「アオノクニ」。繰り返される戦によって心に累積する悲しみを象徴している。

 

 

【竹原慈子】

現代に伝わる伝説だと、その竹原慈子が『雛鶴姫』だった。

確実という資料は残っていないから信憑性は薄いけど、通説ではそうなっている。(p.9)

竹原慈子は、十津川に住んでいた豪族の娘。

雛鶴姫終焉の地である 雛鶴神社(都留市朝日曽雌)

の墓碑にも、通説通りに彫られている。

 

 

【アオノクニ】

響かないようにそっと包帯の上に手を置いて笑うと、その兵士も安心したように笑った。

生きることを簡単に諦めてほしくない。

だから彼に生きる覚悟をきめて、と言った。

この時代は、個々の命の価値が低いから。

ううん、戦争の起こる時代は、現代と比べたら、ものすごく命の価値が低い。

現代のあの平和を勝ち取るために、誰かが血を流してくれたんだと、ここに来てようやく知った。

「こいつはもう駄目だ。運ぶぞ」

亡くなってしまった負傷兵を担いで、私の横を通り過ぎていくのを見つめる。

私は彼の名の元に散っていく命の名も、今ここで懸命に戦っている人たちの名も、全て知らない。

「さあ、次は誰?」

やるせない感情ばかり増して、自分がちっぽけな人間だと痛感する。

けれど、明るく笑っていれば必ず光は差すと信じたい。(p.77-78)

 現代の日本は、表向き平和に見えるけど、実態は鎌倉時代とたいして変わらないだろう。戦争のかわりに食品や医薬品を用いた殺害(人口削減)が隠然と確実に行われている。現代においても、権力者たちのカネをめぐる貪欲な作為のために、多くの人たちはそうとも知らずに、寿命を短縮されつつ、日常生活に必要なカネのために汲々と働かされて生きとおすだけである。

昔に比べたら命の価値が高くなっていると思っているのは、裏社会の実態を知らないからだろう。この地球社会は依然として酷いものである。

だからと言って、それで終わってしまうなら、魂の近傍で著される小説の存在価値がなくなってしまう。

流れた血の赤と、それによって累積する悲しみの青。人は、この二つを、どうすべきなのか。

 赤と青を混ぜると紫になるけれど、紫は日本の色である。

   《参照》  『色と形の深層心理』 岩井寛 (NHKブックス)

            【日本の色:紫】

            【紫に潜在する両極性】

赤と青、この2つを掬することができる者のみが、本当の紫を知る。

すなわち、本当の日本人になれる。

「敗者の心根を掬する者のみを加護する」

チャンちゃんは軍神・八幡神の総本社・宇佐八幡で、そう教えられた。

もう20年以上前のこと。

鎌倉幕府を開いた武家源氏の守護神は、鶴岡八幡宮 として勧請されている。

足利尊氏もまた源氏ゆかりの社篠村八幡宮に祈願し、よくこの加護を得て室町幕府を開いているだろう。

「貴女のような方が、殿の姫でよかった」

にこにこと笑ってくれる人たちが、私の光になってくれる。

彼が守りたいのは、きっとこういう笑顔なのだろう。

笑顔の満ちた優しい国を、彼は望んでいるはず。 (p.78)

「優しい国」を望んでいたのは、雛鶴や大塔宮だけではない。

 

 

【大塔宮の出家が意味すること】

大塔宮は、東宮(皇太子)になる前、すなわち親王の時に、出家している。

このことについて。

この長い歴史の中で、帝になる前に出家したことがあるのは天武天皇のみ。

ただその天武天皇も、出家したのは皇太子である時で、ただの親王、つまり一皇子であった時ではない。

ただの一皇子が出家したあとに俗世に戻り、その後皇太子になり、帝になったことは一度もない。

つまり、出家は皇位継承権から外れるのと同じことだった。

恐らく、大塔宮様もこの理は知っている。 (p.98)

つまり、大塔宮(尊雲)は、後の自分自身の為ではなく、父・後醍醐天皇のためにのみ、命を懸けて鎌倉幕府と戦っていた。このことを理解できていないような『太平記』フリークでは、お話にならない。

 

 

【秘色(ひそく)】

「秘色だ」

そっと彼は私の頬を撫でて呟く。

「青磁の陶器の色だ」

「・・・せいじ?」・・・中略・・・。

「そうだ、淡水色の薄い緑の混じった水色の陶器だ。大陸の元から入ってくる秘宝。・・・中略・・・。青磁が我が国に持ち込まれるようになった当初は、帝しか使えない陶器だったのだ」

月の光が差し込んで、彼の灰白に月が映る。

「臣下や庶民は決して使えないために、この青磁の独特の色は秘色と呼ばれた」(p.101)

「何でも鑑定団」に青磁が出てきたら、チョビ髭メガネのオイチャンの口から、必ずや「ヒソク」と言う言葉が出てくるはず。

 

 

【佐保姫】

「・・・佐保姫って、知ってる?」

真白くんは天を仰ぐのをやめて、優しく微笑んで私を見た。

切なさがのどを焼いて言葉が落ちないから、首をただ横に振る。

「春を運んでくる女神の名。佐保姫」

生まれて初めて聞いたけれど、とても柔らかい名前。

まさしく春の名。 (p.134)

「さ」で始まる春の女神は、「さくら」をイメージしやすいから覚えやすい。

   《参照》  『純神道入門』 坂口光男 (東明社)

           【サ神】

           【桜に熱狂する日本人】

           【サ音の秘事】

佐保姫が春の女神なら、秋の女神は竜田姫。

ところで、

“切なさがのどを焼いて言葉が落ちないから・・・”っていう表現、初めて読んだ。

本当に体験してないと、こんな表現は出てこない。

それにしても、こんな表現を、大塔宮じゃなくって真白くん相手に使っちゃうなんて、雛鶴はイエローカードだよね。

「俺の佐保姫。どうか、幸せに」

うつむいた私の額にそっと口づけをして、真白くんは踵を返して雨の中を歩きだす。

・・・中略・・・。

香色に霞んだ世界に紛れて、その背が朧に霞む。 (p.134)

香色(こういろ)は、強いて言うなら灰黄赤色になるらしいけれど、色相が広いらしいから、自分の好きな色をイメージして読めばいい。それにしてもこの辺の記述は、なんだか『源氏物語』を読んでいるみたいである。

 

 

3巻 《後編》  へ続く