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 数カ月以上かけて世界を放浪している日本人の若者たちは今も決して少なくないけれど、今から30年近く前のユーラシア大陸を舞台とした放浪記であるこの著作を読んでいる若者も結構いる。
 海外を放浪するという体験によって、それをする人間の内面に生じるものが何なのか、この本を読んでみればよく分かるだろう。規模からすればまるで小さなものだけれど、同様なことを何度かしてきたチャンちゃんは、この書籍に正直に書かれている旅人の精神傾向が良く分かる。経験のない人でも充分類推できるだろう。1986年5月初版。

 

 

【ドミトリーのエチケット】
 ドミトリーとは、二段ベッドが複数置かれている相部屋のこと。宿泊費を安く抑えるためには何と言ってもドミトリー。
 昼間の服のまま眠る者、シーツ1枚を体に巻きつけて眠る者、バスタオル大の布をかけて眠る者。 ・・・(中略)・・・ 私もやはり網の上に寝袋を敷き、裸になってその中に潜り込む。他の連中もほとんど裸になるが、パスポートと現金だけは、パンツの中にしまったり、首から吊るした皮袋に入れたりして、しっかりと抱いて寝る。それは同室者を疑うとか疑わないとかの問題ではなく、あとでごたごたしないための、ドミトリー暮らしをする者の最低限のエチケットといってよかった。(p.14)
 そう、「取られた!」と騒がなくていいように、不愉快な事態を生じさせないための行動こそが、ドミトリーにおけるエチケットである。朝早く出るときは、それを同室者に告げておき、荷造りは寝る前に完全に済ませておくことも基本的なエチケットである。
 ところで、外国人のモラル感覚は、日本人の集団とは全く異なっている。「取られる方が悪い」的な感覚である。「盗難事件の頻発に頭を悩ました末に、日本人専用のドミトリー宿にしている」、という外国人経営者がいたりするのである。

 

 

【酔狂なこと】
 ほんのちょっぴり本音を吐けば、人のためにもならず、学問の進歩に役立つわけでもなく、真実をきわめることもなく、記録を作るためのものでもなく、血湧き肉踊る冒険大活劇でもなく、まるで何の意味もなく、誰にでも可能で、しかし、およそ酔狂な奴でなくてはしそうにないことを、やりたかったのだ。
 もしかしたら、私は「真剣に酔狂なことをする」という甚だしい矛盾を犯したのかもしれない。(p.22)
 「真剣に酔狂なことをする」のは、まったく矛盾ではないだろう。
 この貨幣経済社会にすっかり馴染んで模範的に生きている人々には、日常社会の外に出て“狂える”ような素質すらないのである。既存の社会意識に制圧されて、本来の魂の輝きなんて何ら志向することなき死者のような人生を生きているだけである。間違ってはいないけれど、それってどこか違う、と思えるのは、魂的視点において正常だと思っている。
 それにしても、1年に渡る酔狂な出奔ともなれば、定常的に酔って狂っていられるわけではない。酔狂による精華が得られるどころか、長旅は、饐えてしまう精神の乱惰に抗する意思すら奪いかねないものなのである。その点の真実は『第2便』に書かれている。

 

 

【持ち物】
 Tシャツ3枚にパンツ3枚。半袖と長袖のシャツがそれぞれ1枚ずつ。靴下3足。なぜか水着とサングラス。洗面道具一式。近所の医者が万一の場合にとくれた抗生物質と正露丸一壜。アメ横で買った安物のシェラフと友人からの貰い物のカメラ一台。ガイドブックの類は一切なく、ただ西南アジアとヨーロッパの地図が2枚あるだけ。本は3冊。それがザックに突っ込んだ荷物のすべてである。
 ふと、こんな装備でロンドンまでいけるのだろうかという思いがかすめる。3冊の本のうち、一冊は西南アジアに関する歴史書であり、一冊は星座についての概説書である。読めるものといえば、もう一冊の中国詩人選集の『李賀』の巻くらいだが、それとても何ヶ月も飽きづに繰り返し読めるかどうかは自信がなかった。(p.35-36)
 香港から陸路と海路でロンドンまで、約1年の旅に出掛けたときの持ちモノがこれだけ。一都市滞在ならガイドブックを用意するのだろうけど、十数カ国を巡るんだから、そんなのは荷物を重くするだけである。情報は出会ったBP(バックパッカー)達から得ればいい。本を読みたけりゃ、どこかで誰かと交換できる。

 

 

【李賀】
 3冊の本のうちの1つ、『李賀』の詩集は著者にとって大きな意味を持っているらしい。
 『李賀』の巻に指が掛った理由のひとつに、彼が27歳で死んだということがあったのは確かである。私もまた。間もなく27歳になろうとしていた。
 李賀は唐代としては珍しく幻想的な詩を多く書いた詩人である。『李賀』の註を施している荒井健によれば、李賀は死後「鬼才」と呼ばれるようになるが、それは彼のためだけにできた言葉だという。すなわち、李伯を天才、白居易を人才、李賀を鬼才と呼び、中国においては、李賀以外の文学者に鬼才という言葉を冠することはないのだという。
 鬼才というにふさわしく、李賀の死は夢と現を行き来する。それだけに、とにかく難解だった。(p.241)
 孤高な長旅に出る人々には、「絶対的な孤立に晒されたい」という想いと、それと裏腹な「人との出会いを希求する」という想いが同時に存在しているように思う。しかしながら後者を含めたあらゆる事象は、前者であるブラックホールの質量を増すために機能してしまいがちなのである。だから結果的に孤立を突き抜けて虚無に晒される。虚無の穴埋めが幻想である。
 幻想を抜け出るためにこそ“モスク内部から見上げる天井”と“乾燥した土漠地帯の冴えた星の輝き”があるとも言えるだろうに、冴えた輝きを示す星々に対して、携帯していた星座の概説書を頼りに想いを馳せる記述は、第2便内にほんの僅かあるだけで、全3便を通じてほとんどない。
 著者の精神は、旅を続ける上での地理的な横方向(彷徨)に囚われてしまい、天空的な縦方向に展開していないという感じなのである。長旅による肉体的消耗は、天空へと向かう軽やかな精神の飛翔をも奪ってしまったのだろう。

 

 

【「旅行から帰ったら・・・?」】
 ニュージランドの若者と交わした会話の断片が頭に浮かんできた。
「旅行から帰ったらどうするつもり?」
 私が何気なく訊ねると、二人は始めて暗い顔つきになって、呟いた。
「そう・・・」
「わからない・・・」
 あるいは、彼らも人生における執行猶予の時間が欲しくて旅に出たのかもしれない。だが、旅に出たからといって何かが見つかると決まったものでもない。まして、帰ってからのことなど予測できるはずもない。わからない。それ以外に答えられるはずがなかったのだ。
 そして、その状況は私にしても大して変わらないものだった。わからない。すべてがわからない。しかし人には、わからないからこそ出ていくという場合もあるはずなのだ。少なくとも、私が日本を出てきたことのなかには、何かが決まり、決められてしまうことへの恐怖ばかりではなく、不分明な自分の未来に躙(にじ)り寄っていこうという勇気も、ほんの僅かながらあったのではないかという気がするのだ・・・・。(p.303-304)
 長旅であってもと言うより長旅だからこそ、旅に出ている間に、将来のことなんて考えられないんじゃないだろうか。1ヶ所長期滞在型の旅ならまだしも、放浪の旅ならそれぞれにバラバラすぎる文化の尺度が頭の中を反って空っぽにしてしまう傾向にあるように思っている。目的を定めぬ異文化放浪の旅は、脳を常なる態からあまりにも遊離させてしまうし、肉体的な過酷さもあって、考えられなくなるのである。考えようとしても思考に秩序をもたらすだけの沈降が得られない。
 だから、旅の間なんて、未来は当然不問。旅の間の職業は「旅人」で、「本職は何か」と訊かれたら、「人間」と答えればいいじゃん、と思う。
   《参照》   『LOVE&FREE』  高橋歩 (サンクチュアリ出版)
             【ライフワーク】