《前編》 より
 

 

【日本にないもの】
 こうしてエスキモーの社会から、日本を見ると、わが国にはないものがある。
 捕鯨頭領のような存在である。
 個人主義となった日本社会は、格差が広がるばかりで、社会の中に、頼れる大黒柱のような存在もなければ、地域が一体となって、助け合って生きていた、かつての人情味も薄れてきた。
 それは、懐かしい古風な物語の中だけの存在になってきている。(p.201)
 人力に依存しない生産様式・生活様式が進展してくると、人情味はどうしたって希薄になる。すべてはお金にとって変わられるのである。この過程は不可逆だから、地球規模の異変によって一挙に生産活動が停止するとかの機縁によって貨幣経済が強制停止でもさせられない限り、復元はありえないだろう。

 

 

【日本の捕鯨問題】
 私はこれまで海外で生活することが多かったが、 ・・・(中略)・・・ いつも一触即発となる地雷のような問題があった。日本の捕鯨問題である。(p.64)
 日本国内で流通している鯨肉について、以下の3つのルートがあるという。
1、 IWCの管轄外のツチクジラやゴンドウクジラなどを捕獲する事実上の商業捕鯨によって供給されている。
2、 アイスランドやノルウェーからの輸入。
3、 調査捕鯨の副産物。
 国際社会が厳しく見ているのは、日本が領海外に出て行っている「調査捕鯨」のこと。
 反捕鯨団体が怒っているのは、日本の調査船が行う補殺調査である。調査のために何百頭もの鯨が殺され、副産物としての鯨肉としてマーケットに出していることから、調査は、商業捕鯨の隠れ蓑であると彼らから非難されているのだ。(p,66)
 この本を読むまで調査捕鯨に関して詳細を知らなかったけれど、インターネットで見たら 調査捕鯨の名のもとに毎年千頭もの鯨が補殺されているらしい。これってやはり詭弁だろう。数十頭なら分かるけれど千頭はねぇ・・・。
 日本の領海以外で、何百頭もの数を捕る調査捕鯨には、まだ私を納得させるものがない。(p.67)
 確かに。

 

 

【チャリオット計画】
 アラスカ、チュクチ海に突き出た岬に暮らすエスキモーの村から、40キロしか離れていないオゴトルック谷の河口岸壁を、水素爆弾を用いて爆破し、人工の大規模な港を建設するという計画だった。
 ・・・(中略)・・・ 。
 ネバダ州での核実験に非難が集中していたため、新しい実験場所が必要だったこと、加えて当時は東西冷戦の時代であり、東側の巨大国家ソ連がベーリング海峡を隔てて目と鼻の先にあることが、この場所が選ばれた本当の理由だった。(p.7)
 日本に原爆を2発落として第2次世界大戦を終結させた後も、世界中の核保有国は、殆ど人の住んでいない地域で核実験を繰り返していたのだけれど、アメリカのネバダ州の核実験に関することは、比較的多く映画や書物となっているので、我々日本人でもよく知っている。例えば松田優作が出演していた『ブラック・レイン』や、広瀬隆さんが書いていた『ジョンウェインはなぜ死んだか』などである。
   《参照》   『ハリウッド 良心の勝利』  山田和夫 新日本出版社
             【ジョン・ウェインはなぜ死んだか】

 しかし、アラスカでも計画されていたという事実は、この本を読んで初めて知った。
 そして、1962年、地元エスキモーたちの強い反対の声と、二人の環境活動家が起こした世論のうねりによって、実行寸前にして、チャリオット計画の中止を勝ち取る。 (p.9)
 ところが・・・・

 

 

【国家というペテン師】
 チャリオット計画が中止となった同じ年、アメリカ政府は、予定地であったトンプソン岬のオゴトルック谷に、ひそかに多量の土砂を運び入れ、埋め立てていた。
 土砂は、ネバダ核実験場でグラウンドゼロと呼ばれた爆心地の、強い放射能に汚染されたものだった。
 その意図するところは、一年のほとんどが氷で閉ざされる永久凍土の大地で、放射能汚染物質がどのように浸透するかの調査・実験だった。実験であるために、放射能の漏洩防止処理などいっさい行っておらず、地元エスキモーたちの狩り場であるにもかかわらず、立ち入り禁止という警告もされなかった。
 この30年間、トンプソン岬で狩りをしていた者たちを中心に、がんを発症する者が増えていたのだ。(p.10)
 ネバダの核実験でも、アメリカ軍の兵士たちは放射能の生体実験に使われていたのだけれど、さらにアラスカでもエスキモーを被験者として生体実験が行われていたことになる。
 当時のエスキモーたちは、こう思っていたに違いない。
 「国家というものは、国民に嘘をつき、秘密にし、そして裏切る」
 エスキモーたちは、西洋人の入植により迫害され、翻弄され続けただけでなく、アメリカという国家に、深く心を傷つけられた民族でもあったのだ。(p.291)
 現在の日本人だって国家や官僚によるイケシャアシャアとした嘘の下で、気づかぬ振りをして生きているだけである。
 今日では、当時より情報が伝わりやすくなっているから、国民は自力で政府の悪政を拒絶することができることもあるけれど、現在だって国家は表に現われない処で密かに様々な企みを行なっていたりもするのである。

 

 

<了>
 

  廣川まさき・著の読書記録

     『私の名前はナルヴァルック』

     『ウーマンアローン』