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 村上和雄先生は 『生命の暗号』 の著者、そして、サムシング・グレートという表現を用いた科学者として良く知られているけれど、日本人の主食であるお米の遺伝子解読プロジェクトを率いて、人類にとって偉大な研究を成し遂げていたのである。2004年1月初版。

 

 

【遺伝子組み換えの功罪】
 もし、遺伝子組み換え作物をつくるメリットとデメリットとを問われれば、私はメリットのある方に軍配を上げるでしょう。(p.37)
 遺伝子組み換えというと直ぐに “人体に有害” という情報が思い出されるけれど、この問題に関しても、功罪の分岐点は科学者の倫理観であるらしい。少なくとも作物に関する従来の品種改良方法では多くの時間と手間がかかるけれど、遺伝子組み換えはそれらを容易にクリアしてしまう。遺伝子組み換えによって有用な新品種をつくり出すことができれば、人類全体は多大な恩恵を受けるのである。

 

 

【遺伝子のON/OFF】
 『生命の暗号』 に書かれていた、遺伝子のON/OFF、に関するところを少し書きだしておこう。
 物理的刺激やストレスは、遺伝子のON/OFFの極めて重要な材料となります。 ・・・(中略)・・・ 。
 たとえば、やけどで破壊された皮膚組織が自然に再生されていくのは、それに関係する遺伝子のスイッチがONになるからだと考えられます。
 これは、温度変化という刺激が、遺伝子のON/OFFにかなり密接な関係をもっていることをしめしています。(p.70)
 回遊魚の中には、暖流から寒流に入り海水温が変わると群れの中のオスとメスの比率が変わってしまう例もある。クローン羊のドーリーは、乳腺細胞から誕生したのだけれど、
 それは、研究者が乳腺細胞に栄養分をやるのをストップしたからです。(p.69)
    《参照》   『不食』 山田鷹夫 (三五館)
              【クローン羊のドリー】

 フニャフニャ頭に喝を入れて優秀な遺伝子をONにしようとするならば、やっぱり修験道の行者さんみたいに断食や滝行がいいのかも。

 

 

【分子進化の中立説(共生的進化論)】
 分子生物学の研究が進むにつれて、DNAレベルから進化をとらえた新しい説が次々に発表されています。
 その代表に、遺伝学者の木村資生さんの唱えた 「分子進化の中立説」 があります。
 ダーウィンは、適者を突然変異を生存に有利に使って変化したものだけとしていますが、木村さんは、「突然変異を遺伝子レベルで観察すると、かならずしも 『有利な変化』 ばかりが見られるわけではない」 といっています。
 突然変異を起こしたDNAは、生物にとっては有利でも不利でもなく、その変化は、中立といえる水準がほとんどであることが分かってきたのです。
 この中立的な変化が次代に受け継がれて、しだいに裾野が広がるにつれて進化を遂げることになる、と木村さんは考えました。
 すなわち、進化を支えているのは、競争によって勝ち残れるという自然淘汰の競争原理ではなく、中立的な要因が協調的に広がっていく共生的な原理であるということになります。
・・・(中略)・・・ 。ダーウィンの進化論は縦に選別されていくエリート(強者)だけの進化論であり、木村さんの進化論は、生物全体の構成のなかで、共生という空間的な広がりを見せた進化論というイメージになるかと思います。私も、この 「共生的進化論」 に賛同します。 (p.82-83)
 この遺伝子レベルでの進化論は、日本人と日本文化にピッタリ当てはまるだろう。
 対立や意図的な勝ち残りを良しとせず、中立的立場を継承する “和の文化” を持つ日本人こそが、最終的な進化のステージで最も確実に生き残ることになるのである。

 

 

【イネゲノムの解析】
 2003年3月に、私たちはようやくピンチを乗り越えて、ついにゴールに到達できました。 シャンパンを抜いて乾杯したいような気分でした。・・・(中略)・・・ 
 私たちは、1万5230個の完全長cDNAを解読し、理化学研究所のデータと合わせると、解読したcDNA総数は3万2127個になりました。
 これらの完全長cDNAは農林水産省で保管され、必要に応じて全世界に配布されます。これらのデータにもとづいて、新しい品種の育種などが始まり、このデータが世界中で活用されるはずです。(p.168)
 遺伝子医療の影響の大きさからヒトゲノムのことは大々的に言われていたけれど、イネゲノムのことはほとんどニュースになっていなかったのではないだろうか。 私は全然知らなかった! 世界でヒトゲノムの研究が始まったのと同じ1991年に、日本でイネゲノムの研究が始まっていたのだという。
 何でもかんでも金勘定にしてしまう貪欲で阿漕な欧米ではなく、日本人が中心となってこの成果を達成していたことは、将来の世界にとって最も重要なポイントとなるだろう。 「弱肉強食の進化」 ではなく 「共生的進化」 を旨とする日本人は、国益を越えて世界益の立場で有効活用するに違いないのだから。

 

 

【宣命体】
 著者が、稲作に関わる神事を長年に渡って行なっている伊勢神宮に詣で、そこで聞いたこと。
 「当時のインテリ層のすごかったところは、中国を先進国として仰ぎ、漢字を輸入しながら、宣命体というのですが、その意味や発音までは入れなかったところです。漢字のもっている機能をいったん否定するのです。たとえば 『取れ』 と書く場合に 『と』 は漢字でも同じ意味があります。 『れ』 は 『礼』 と宣命体では書きます。すなわち 『取礼』 です。 『取ってこい』 ではなくて、 『いただきなさい』 になる。それをやったのは日本人だけですね。すなわち漢字の文字面だけをいただいて、漢字のもつ精神は別物としたということです。したがって、漢字の画数が多く煩雑な書き方を簡略化して、ふりがなやカタカナが誕生しても、少しも不自然ではなかったことになります」 (p.213-214)
 文字面だけとって精神は別に扱ったと同時に、発音も中国語ではなく日本語の発音に置き換えていたはずである。それは訓読みの場合は言うまでもなく、音読みの場合であっても同様である。つまり、日本語本来の母音系列の音韻に沿わせていたのである。 近代に至って英語を発音する場合も、カタカナにすることで、子音系列の欧米語を母音系列の日本語に沿わせつつ、音韻面から日本の精神性を守ってきたのであろう。
   《参照》   『「無邪気な脳」で仕事をする』 黒川伊保子・古森剛 (ファーストプレス) 《後編》
               【 「母音系アナログの日本語」 と 「子音系デジタルの英語」 】
               【 日本語と脳 】

 音韻(言霊)は、脳の構造に関わって日本語と日本文化の鍵になっている。
 稲は肉体次元における、言葉(言霊)は精神次元における日本文化のハートランドである。
 イネゲノムが日本人によって解読されたということは、非常に重要な意味を持っているだろう。

 

 

【世界の発展のために】
 イネゲノム解読プロジェクトにおいて、中心的役割を果たして下さった著者は、著作の最後を以下のように締めくくっている。
 自然に感謝し、自然とともに生きる日本の伝統文化とともに科学や経済力を併せ持ち、そのバランスがとれる国、高い理想を掲げ、良識を世界に広げる国となることが、これからの日本の使命であると、イネゲノムの解読にかかわった一人として私はいま、深く実感しています。(p.217)
 偉大な研究成果を、私利私欲のためだけに用いようとはしないのが “誠の日本人” なのかもしれない。
 昨年、ノーベル化学賞を受賞した日本人お二方(根岸栄一氏 と 鈴木章―氏)も、あえて特許をとらずに炭素カップリング技術の研究成果を世界の発展のために無償で提供していたのである。

 

 

<了>