イメージ 1

 ミラノ滞在12年、イタリアのビジネスをよく知っている著者。タイトルはイタリアーニでも、本書の主題は、北イタリアの優なる文化的側面である。

 

 

【デザイナーとアドミ】
 殆どのデザインハウスはデザイナーとアドミ(マネジメント)の二人の代表者を持ち、アドミが陽の当たるデザイナーの裏方としてビジネスを取り仕切っている。ベルサーチにおけるジャンニとサント、アルマーニにおけるジョルジオとガレオッティなどが適例である。(p.20)
 日本国内のアパレル業界で、このような組み合わせを聞いたことはないけれど、創業の頃の家電ではソニーが、自動車ではホンダが、技術と営業のツートップによる成功例として世界的に有名だった。

 

 

【AL DENTE】
 スパゲッティの AL DENTE (歯ごたえの好さ)は、すっかり日本でも有名になってしまった。我々日本人がいう「蕎麦がのびないうち」と同じ感覚であろう。
 アルプスの北の諸国、さらには同じくラテンの国と呼ばれているスペインやポルトガルでも、この AL DENTE の感覚がないのには閉口する。   (p.26)
 食感が味覚の一部であるというのは、意外にも世界共通ではない。日本とイタリアには共通するポイントである。

 

 

【服装は人生である】
 日本の機械メーカーの責任者が、イタリアでの展示会で、ブースの寂しさを補うため、アルバイトの女子大生に
 「150万リラ(10万円)ずつあげるから、これでブランド品の目立つ服を買ってきて、会場をはなやいだ雰囲気にして欲しい」といった。ところが驚いたことに彼女たちは異口同音に「ご厚意はありがたいのですがそれはダメです」といったという。いわく「服というものは、そんな一日や二日で買うものではありません。家には自分に似合った服があります。その中からこの会場に似合ったものを明日着てくるから心配はいりません」と。 (p.34)

 

 

【自然であることが美しい】
 ベルサーチは、「私は美を信仰している。美こそが世界を救済すると私は考えている」と述べている。
 彼らにとって美とは何か。私は次のように考えている。
 彼らにとって自然であることが美しいことなのである。地中海世界は豊かである。さんさんと降り注ぐ太陽のもと人々は自らを解き放して自然の中に溶けこむ。  (p.40)
 この著書、魂の奥深くにまで潜入しているイタリア文化論とはいえないけれど、日本とイタリアの美意識に共通点はありそうだ。

 

 

【カンパリニスモ】
 これら(マントバやクレモナ)の市はもう千年近くも芸術から食文化まで都市国家としての伝統を持ち、一つの国家としての自己完結的な機能を備えているのだ。そして、彼らを固く結び付けているのは、カンパリニスモ(同じ鐘を聞いて育ったという同郷意識)である。
 イタリアという国家は現実には存在していなくて、数百の上記のようなパエゼ(里)の集まりであるといわれる所以である。  (p.126)
 そう、イタリアは国家というより都市国家の集合体である。世界的に名の知れたミラノなどの大都市より、マントバやクレモナのような小さな都市の方が、市民の平均収入も高いのだという。そのような小さな都市がイタリアの国力を下支えしている。
 ルネッサンス以降、アルプス北側の列強に分割支配されたという19世紀後半までの歴史ゆえに、イタリアは統一国家を形成できなかった、という見方とは別に、この地域の都市国家の特異性がイタリアをそのような歴史にさせたのだと、なんとなく誇らしい気分とともに思えてくる、北イタリア人でもないのに・・・。

 

 

【北イタリア人】
 北イタリア人は、引き際を心得ているのである。ここに、必要とあらば、自己を抑制しても組織に協力するという彼らの一面が顔を出す。  (p.56)
 南イタリア人ではこうはいかないのだという。以下のような歴史があったが故だろうか。
 ハプスブルグ王朝ではマリア・テレジア/ヨーゼフ2世により啓蒙主義政策が行なわれていた。それは「君主とは、臣民を支配する存在ではなく、国民のために奉仕する管理の代表にすぎない」とするヨーゼフ2世の言葉に端的に表されている。彼は、義務教育の実施、農奴制の廃止を行い。北イタリアにも同じ制度を導入した。
 これに対し、ブルボン王朝により支配された南イタリアでは、大土地所有制にもとづく収奪が行なわれたのと対照的である。  (p.58)
 

【エルトルキス】
 エルトルキスは紀元前9世紀から8世紀にかけてアジアから中部イタリアに移住してきたといわれ、紀元前6世紀にはイタリアを支配した。トスカーナという名はこのエルトルキスに由来する。  (p.67)
 エルトルキスがトスカニーの由来!!! 何か重要な鍵を掴んだかのような・・・やや軽い興奮。
 エルトルキスは鉱物資源の採掘・製造に秀でていた。ローマ帝国の支配下に入ってからも、政治はローマ人、物作りはエルトルキスが行なったという。日本史における阿弥族のようなエルトルキスである。
 「物作り」という日本との共通項。イタリアにおけるそのルーツがエルトルキスであるらしい。

   《参照》  『古代日本人・心の宇宙』 中西進 (日本放送出版協会) 《前編》

            【雷】            

 

 

【インダストリーと仕立屋の結婚】
 縫製工程においては、オーバーの襟のようにステッチ(ミシン目)が表に出るところは職人が自らの手でミシンを走らせる。しかし、服の内側に入る部分は、その職人のステッチを記憶させたコンピュータの指示に従って自動的にミシンがけが行なわれるという。これなどはまさに、人間の智恵とハイテクをハイブリッドした典型といえると思う。   (p.101)
 日本の場合、最近になって職人の技の伝承が絶たれるという危機感から、社内に職人技伝承部門が設けられているとか。高齢技術者と若者の組み合わせである。しかし、これとて人間の智恵の隔世伝承であって、ハイテクとのハイブリッドではない。なぜ、日本にはイタリアのような発想がなかったのだろう。
 イタリアは王侯貴族に納品するための高品質・高感性を目的に技術が進歩していったから、最初からマスではなくニッチだった。日本は階級制度を壊した上での高度経済成長だったから、もろにマスプロダクツである。嗜好が多様化しニッチ市場が見直される近年、日本の縫製は大局的に衰退し、イタリアはニッチ向けの技術をハイブリッドと結婚させてますます安泰となった。繊維業界においては、日本よりイタリアの方がやはり伝統と革新において勝っている。

 

 

【ミラノは地中海文明とゲルマン文明の幸福な結婚】
 イタリアに20年近く勤務したある邦人外交官がなにげなく私に言った言葉が、私を捉えて離さない。
「ミラノは地中海文明とゲルマン文明との幸福な結婚なのですよ」。
 この言葉くらい、この数年来私が感じてきたことを端的に表現しているものはない。  (p.159)
 これに対比させるなら、「日本は縄文文明と弥生文明の幸福な結婚」といえるのかもしれない。
 そして、明治維新以後の「和魂洋才」もハイブリッド化だろう。
 北と南の文明圏に挟まれながら、自らのアイデンティティーを作り上げてきた北地中海文明圏の人々と我々日本人は本質的なところで多くの共通なものを持っているのではないか。   (p.161)
 我々が再びヨーロッパから学ばなければならないのは、この北地中海文明圏からではないかと私は考えている。 (p.162)
 「年収300万円時代」で有名になった森永卓郎さんが、近年、「イタリアにならおう」と書いていたけれど、この本の初版は、実に1998年である。かなり雑に読み通してしまったけれど、丁寧に読んだらもっとましな一貫した読書記録が書けることは間違いない。                          
 
 
<了>