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 仏教の人生訓っぽい書籍を読みたかったのではない。描かれていた挿絵に絆されてこの本を買った。
 六波羅蜜と十善戒、2つのテーマで記述されているから書き出しておくけれど、本当はそんなのはどうでもいい。私が気になったのは 「蓮の輪廻」 と題された絵の中の1枚、そこに描かれている乱れた水面だ。

 

 

【六波羅蜜(ろくはらみつ)】
 外国人向けに六波羅蜜を簡略に説明していた 『いきるとはなぁ』(荒了寛) という本では六波羅蜜のことを Six Boats for One's Life Journey と翻訳していた。
 この本では、六波羅蜜は、以下のように説明されている。
1. 布施:Charity / Act of giving
     布施とは自分にできることをみんなのためにさせていただく、
     その気持ちに意味があるのです。
2. 持戒:Moral conduct / keeping precepts
     みんなが快適に、気持ちよく、安心して暮らせるように、
     みんなのために世の中にはきまりがあるのです。
3. 忍辱:Patience / Endurance / Perseverance
     耐え忍ぶことは人間の魂の成長の糧となるのです。
4. 精進:Assiduity / Diligence / Putting effort
     仏の道は日常の生活の中にこそ、求められ、また、いかされるものなのです。
5. 禅定:Meditation / Contemplation
     空の世界とは、世の中の浮華、名利を捨てた清浄の状態をいうのです。
6. 智慧:Wisdom
     善もなく悪もない、執着もない――――、心を超越した意識。
     真理を得るためには純粋な意識の覚醒が必要なのです。      (p.4-17)

 

 

【十全戒(じゅうぜんかい)】
 人を人たらしめるのは 「善」 と 「真」。
 この二つは同体です。
 「善」 と 「真」 をもって人となる。
 そのための戒めとして仏教には十の戒律があるのです。  (p.19)

1. 不殺生(ころさず)
2. 不偸盗(ぬすまず)
3. 不邪淫(おかさず)
4. 不妄語(いつわらず)
5. 不綺語(かざらず)
6. 不悪口(そしらず)
7. 不両舌(たばからず)
8. 不慳貪(むさぼらず)
9. 不瞋恚(そねまず)
10 不邪見(あやまたず)

 

 

【「蓮の輪廻」と題される挿絵】
 京都の大覚寺庭湖館、醍醐寺三宝印、東寺観智院書院、それぞれの障壁画を手がけた日本美術を代表する鬼才、浜田泰介が誘う  『浮き世はかりそめ という永遠の明知』
 この本の挿絵は京都の東寺(世界文化遺産)の大日堂の障壁画として、平成17年秋に奉納されるものを、東寺のご厚意により掲載しています。
 画題 「蓮の輪廻」
 銭葉・春・蕾・開・盛夏・晩夏・初秋・晩秋・冬・衰荷 という10枚の美しい絵が挿絵に用いられている。
 季節ごとに移ろいゆく蓮の様態が描かれている。さながら 「白骨観」 を思わせるような絵である。

 

 『浮き世はかりそめ という永遠の明知』 を 「蓮の輪廻」 として表現しながら、晩秋の蓮の絵だけ、水面に映る影が極度に乱れ揺れている。揺れた水面に、人心の乱れを仮託しているのであろう・・・・

 

 中学校の卒業の寄せ書きに、“盛者必滅、会者定離” という平家物語の中の言葉を書き残した女の子がいた。美術教室にある白亜の胸像のような瞳で私を見つめる子だった。当時の私は、その瞳に出会うためだけに学校に行っていたような気がする。けれど、その瞳は私の瞳の上で焦点を結んでいたようには思えなかった。彼女の瞳は何を捉えていたのだろう・・・。

 

 『世はかりそめ』 と知りつつも、人心の乱れを水面に仮託した画家の瞳より、“盛者必滅、会者定離” と書き残した中学時代の少女の瞳のほうが、超越的ですらあったように思えてしまう。しかし、超越的であることは涙ですら誘えない茫漠たる悲しみを秘めているように思えてならない。
 あたかもそれは、この世に存在する唯一のものは、悲しみから放射されて世界に充満するもののみ・・・・とでも見定めたかのような、寒氷原に立ちすくむ心そのものに思えてしまう。
 凍て付いた心よ、せめて、微かなりとも乱れるほどの人心を取り戻せ・・・・そして、溶けて出でよ・・・・・・・。   

 そんな感じだ。

 その瞳のことを思い出すと、いつも形而上の時空にいざなわれてしまう。

 

<了>