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 著者の名前とタイトルが合っている。この書籍は、出井会長の提案により、ヨーロッパ市場のテレビ事業などで手腕を発揮してきた著者が、その骨子をまとめたものだという。
 「1・10・100」はシンボリックな表現であるが、具体例をまじえて「全体最適」というキーワードに繋がると、なるほど分かりやすい。

 

 

【「1・10・100」=「夢:技術:市場」】
 キー・テクノロジーを見つけるために必要なエネルギーを1とすれば、実際に商品を製造してゆく過程で必要とされるエネルギーは10、消費者に商品を買ってもらうためのマーケティングにおいては100倍のエネルギーが求められる。 (p.23)
 この具体例として、社内の事例などを紹介している。

 

 

【1・10・100の3ステップに30年かかったCCD】
 CCD (Charge Coupled Device) とは、光の量を電気信号に変換できる半導体素子のこと。1972年に、このデバイスの有用性に着目したのは、後に社長になった岩間和夫さんで、ソニーの利益の稼ぎ頭になったのは90年代に入ってからのことである。 (p.34)
 この自社内の事例の他に、ノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊教授の実践課程が記載されている。

 

 

【全体最適】
 上記の「1・10・100」の一気通貫を価値あるものにするために、「全体最適」という考え方が大切であることを、著者はこの書籍の中で繰り返し語っている。
 最近は、どの会社でも、商品開発、製造、販売を機能別に職域を分けたがる傾向が強い。私に言わせれば大間違いである。
 「夢」と「技術」と「市場」を繋いでゆく中で、全体として儲けどころを見つけてゆかなければならない時代に入ってきているからだ。これを「全体最適」と呼び、私はその実践を訴えている。 (p.25)
 この「全体最適」を図るために、「トータル・バリュー・ストリーム・イノベーション」に取り組み、イングランドにあるブリジェンド工場で次々に改革を成し遂げ、英国品質賞、英国最優秀工場賞、国家訓練賞、輸出貢献賞を受賞したのだという。

 

 

【トータル・バリュー・ストリーム・イノベーション】
 販売まで含めた「全体最適」の視点に基づき、あえて設計者の反対を押し切って、多品種の製品のシャーシ(組み立て基盤)の共通化を行った (p.81)
 「こんなことをすれば、最もコストの高いシャーシに共通化せねばならず、かえってコストアップにしかならない」と考えるのが「全体最適」の視点の欠如である。商品ごとに個別のシャーシを用いていれば、売れ筋から外れた商品のシャーシは死んでしまう。過剰な在庫も極力抑えることができる。
 現在では、世界的な企業は全てこのようなトータルな視点で経営しているからであろう、自動車などでも、国内外で販売される車のデザインでさえ共有されている感じだ。

 

 

【ライン生産からセル生産へ】
 「全体最適」の視点から、製造時の運搬や移動など、直截には価値を生まない過程を極力省くことが大切なのだという。
 たとえば、ライン生産では、数百メートルに及ぶ動線自体は価値を生まない。動線を短縮した分、設備投資は縮小でき、設計変更があっても無駄は抑えられる。つまり、行き着くところセル生産の有用性を見出したのが「全体最適」の視点だった。
 最近、キャノンのセル生産が注目を集めている。本家本元であるソニーよりも有名になってしまったようである。ある新聞記者から「ソニーさんも、キャノンさんのセル生産をやっているんですか?」と聞かれて苦笑せざるを得なかった。 (p.145)
 ソニーがセル生産式の合弁工場で中国・上海に進出した時、他社が大連に作った大規模な全自動化ライン生産工場に比べられて、かなり否定的に評価されたそうである。しかし、数年後、結果的には利益を生むのが、ソニー方式であることが理解されたという。
 大規模な資本投下を必要とする全自動化ライン生産は、その商品が売れ筋から外れてしまえば、たちまち大赤字になってしまう危険が大きい。変化と競争が激しい世界経済の時流からも優れた方法とは言えない。
 また、「全体最適」の中の動線短縮という視点は、同時に生産地と販売地の同一化という結論にも向かう。部品生産を安易に海外に移すことは無意味であるのみならず、実質的にロスを生んでいる場合があるという。

 

 

【1200億円の在庫削減】
 1200億円の純利益を上げようとすれば、2兆円の売上げが必要になるのだ。 (p.153)
 製造業の場合は特にそうであるが、「全体最適」の視点から見れば、売上を伸ばすことも在庫を持たないことも同等な価値である。
 この顕著な事例が、デルだという。注文を請け、入金が確認された段階で、マレーシア工場で組み立てて出荷するという在庫ゼロ方式が貫徹されている。日本のPCメーカーは50%近い粗利出しながら利益はほぼゼロ。デルは20%近い粗利で10%の利益を生んでいる。

 

 

【オンデマンドの対比】
 日本IBMは、オンデマンドをコマンド・アンド・コントロールからセンス・アンド・レスポンスへと定義している。
 コマンド・アンド・コントロールがスマイル・カーブであり、センス・アンド・レスポンスがムサシ・カーブ (p.183)
 この本の184ページにある図表を見れば意味するところは分かりやすい。アセンブリー事業がバリュー・ストリームの中心であることを示している。著者の「全体最適」という概念と、デルの方式と、日本IBMの定義がみごとに重なっている。

 

 

【軽量化ブロジェクトの副産物】
 テレビの軽量化プロジェクトが生み出した副産物が、平面画面テレビだという。
 テレビの重さの7割はブラウン管(CRT)の重さだという。特に露出している前面の強度を出すために、ここを厚くせねばならなかった。ここを薄くするために強化ガラスを用いる過程で、画面の平面化が進行し、キララバッソというソニーのヒット商品が生まれたのだという。

 

 

【「全体最適」が生んだ副産物】
 「全体最適」を求める中で、半導体生産に関して、2ライン制にしたことで思わぬ副産物が生まれた。
 半導体はミクロンの世界だから、目で見て不良かどうかはわからない。どの工程に不具合があるのか分からない。ところが2ラインあると、お互いのデータを比較することができる。ミラー効果というが、お互いのプロセスを照らし合わせることで、不具合を見つけることが早くなる。(p.201)
 工場長も「新しい発見だった」と語っていたと言う。

 

 

【グローバル・ローカライゼーション】
 できるだけマーケットに近いところに工場を置く。そのことで、運搬という価値を生まない作業は減る。マーケットの動向も素早くつかめて、工場が市場と材料・部品をコントロールすることも容易になる。改めて盛田の提唱したグローバル・ローカライゼーションの持つ意味に驚かされる。 (p.175)
 著者の「全体最適」という概念が、ソニー創業者・盛田さんの提唱していた概念に含まれていたことを書いている。
 ホリスティック・セラピーに、「人体が病むのは、部分の疾患によるのではなく、全体が正しく機能していないからだ」という基本概念がある。これは、既にベトナム戦争後のアメリカで生まれた、カウンター・カルチャーの中に現れた、『ホロン革命』(アーサー・ケストラー)や『還元論を超えて』(ケン・ウイルバー)等の著作の中で語られていたものである。
 経営を通じても、医療を通じても、地球全体のエコロジーを通じても、畢竟するに行き着くところは同じであるはず。
 集中より分散、部分より全体、これは、実は日本文化の「和の精神」が意味しているところでもある。
 故にであろうか、日本人である著者は、中国脅威論など意に介することなく、自らが実践してきた経営方法に対して、大きな信頼を持っているようだ。

 

 チャンちゃんが、ビジネス分野の本を読むのは、世界の最先端で活躍している企業家は、生きた現実の世界を最もよく知り、最も果敢に現状変革を実践しているからだ。
 他のいかなる分野よりも、この分野の書籍は、生きた実例として学べることが断然多い。安きに流れやすい怠惰が基本の頭を動かすのには最適である。
 
<了>