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changoroのブログ

べてるの家みたいに 自分を研究しとる私のブログです。

産休に入った美術の先生から、都美の展覧会のチケットが届いた。
「楽園としての芸術」展。
ダウン症の人たちのアトリエの展覧会。

描くということに対していろんな考え方がある。
私は見たままを一生懸命写しとる描き方しかできないけど
子どもの絵は写実よりも自分の知っていることを描くんだって
描画発達の本にはあった。
今日見た絵はどちらでもなかった。

彼らにとっては、描くこと自体が喜びの体験だった。
何のために描くか、何を目指して描くか
目的にも結果にもとらわれない、自由があった。

彼らは本当はとても繊細だから
(それは日々の経験からどうか?と思ってしまったが)
誰かが教えてしまえば従ってしまう。
だから芸術家たちを支える側は
何も言わず一歩引いて見つめていた。
尊敬の目で見つめていた。

彼らがどんな存在であるかは、見る者の見方でどうにでも変わってしまう。
その恐ろしさをいつも感じている。




偶然にも、高橋源一郎さんの講演会があった。
「弱さの研究」の話であった。

病気になった子ども、障害が残るかもしれないと言われた子どもを
それでも何が何でも守ろうと思ったとき
それまで知らなかったようなパワーが出た。喜びが生まれた。

人は誰でも弱く生まれ、弱くなって死んでいく。
その弱さは人に何かを教えていくんだ。


障害のある子ども、認知症の老人、
弱いものを社会は追いやろうとする。

でも、誰にでも起こりうるその経験が自分のものになったとき
その事実に腹を決めたとき
ネガティブな経験にいつしか感謝するようになる。
それが知らなかった大切な宝物をおしえてくれるから。

自分なりに解釈すればそういうことか。


弱いってすごいことだと
私もとてもそう思う。


ダウン症者のアトリエ、重症児の施設、認知症者の施設、子どものホスピス、べてるの家、
私もそれらの共通性を探している。
それらが投げかけているものを
いつか言語化したいと思っている。

とても言いたいことがある気がした。
学び続けたい。