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changoroのブログ

べてるの家みたいに 自分を研究しとる私のブログです。

この前行った組合の研修会で
支援学校教員の人権感覚の話をしていた。

言葉ではっきり伝えられない子どもたちを前に
人権感覚のマヒがないか?
支援学校は体罰・虐待に本当は弱いのではないか?

そう言ってくれて安心したのだ。
正直にそういう疑問をもっていいのだとわかったから。


教育委員会の基準上問題ないとか
慣例上当たり前であるとか
子どもの人権を守るってそういう形式的なものじゃないだろ。
テストにパスすりゃいいってもんじゃないだろ。

そうしている自分の心根と
それを受ける子どもの立場を本気で考えることが
人権感覚という意味なんじゃないかな。
決まりごとではなく倫理観の話だろ。



この社会で
言葉がわからないまま10年くらいでも生きていることって
よっぽど理不尽の連続だろうなぁとふと思うのだ。
わけわからないことばかり
人権侵害されることばかりだ。

慣れてきたからといって 他の人もしているからといって
こちらに言い返す言葉もない子どもたちを呼び捨てで呼ぶこと。
指導上問題ないどうでもいいことかもしれないけど
そうしている自分の心根がどうなのかと思ったら
私の場合は傲慢でしかないなと思った。



クラスの子どもがオムツでウンチしたとき
慣れなくてうまく処理できず慌ててしまう私は
その子がウンチする度に騒いだりイライラしたりした。

考えてみれば
自分はウンチしても誰にも迷惑かけず処理できるのに
この子はウンチするたびに私に騒がれたり嫌な顔されるのかと思ったら
なんて理不尽なことなんだと思った。

そんな当たり前のことに気づけず
勝手な振る舞いをしてることは結構ある。



自分と違う人たちに対して
自分勝手な正直な感想ならいくらでも出るよ。
でも教育者として子どもに当たる姿勢とはそうではないよね。


「この埃まみれの布を『清らかなもの』だと想像せよ」
本当にそうだと思った。
表面的な姿にとらわれず その心根を見つめる目をもて。
そうでなければ相手と通じることはありえない。


教育で一番大切なのは「聞くこと」であると
以前心に留めていたことを久しぶりに思い出した。