自然農をやっている人の話。
自然農とは、耕さない、虫や草を敵にしない、肥料を使わないでやる農業だそう。
与えられているものを壊さない、加えない、操作しようとしない。
あるがままの環境の中で生きていこうとする考え方。
宿まで送り迎えしてくれたお兄さんは
3年前から東京の生活を捨ててここに移住した。
自分の手で一から生活をつくっていくことを目指して
今度は島に移住する。
3年前、そんな風にほんとに生き方を変えた人もいるんだ。
都市でなくても、消費しなくても、お肉たべなくても、暮らしていける。
そんな暮らしを決めた人が、目指している人が、若い人からお年寄りまで、その宿にはたくさんいた。
資本主義社会で暮らしていると
ほしいものは何でもすぐに、お金で手に入る。
自分で計画した通りに、世界を動かしてやれると思ってる。
彼らが話していたのは、
自分が本当にやりたいことへの思いを持ち続けていれば、自然と導かれる。
うまくやろうと思っていると縁は訪れない。
自分を悩ませていることの根底が、本当に必要なことであるかどうかを考えること。
自分が本当に大切なもののために生きれば、宇宙が味方する。
その通りだ。自分が考えていたのもそのこと。
自然の中で生きてる人たちは知ってるんだ。
むしろ、昔から農業をしていたから知っていたんではなくて、
それに気づいたから自然の中での生活を始めた人たち。
希望を語る人たち。
それってすごいこと。
持続可能な社会のために、
一番身近にできることは、自分の暮らしを、買うものを、使い方を変えること。
子どもへの持続発展教育には限界があるだろう。
子どもは生活の選択権をほとんど持たないから。
選択権をもつ大人になるまでには、それ以上の圧倒的な資本主義教育を(潜在的カリキュラムを)受けてしまう。
そうして育った大人は、自分のほんとの声を聞くことがたぶん難しい。
震災後に生き方を変えた人というのは
自分の声にほんとに忠実な道を選んだ人。自分に降りかかった運命と兆しに、素直に従った人。
今持っているものを思い切って捨てて、自分の運命に従うことを選んだなら、
本来の人間の暮らしは楽しい。
そういうことを素直に語り合っている人たちだった。
私も
長年のくせや周りの雰囲気で買っているものじゃなくて、
自分が心からいいなと思うものにお金を使っていきたいな。
消費活動は選択であり投票だから。
人に会うことは大事。
自分もって気持ちが、一番の原動力。