僕がどうしても生きること | 緋色の『今日色“kon-jiki”』

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緋色、もう子供ではないらしい。

色々好きなものはあります。言い出せばきりがないので、ブログを読んで見つけてください。




ずっと昔に思うこと。


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僕が心理カウンセラーを目指すきっかけをお話します。


これといって大きなことはありませんでした。

ただ、苦しかった。


小学生のころから、いまの高校に行くことは決めていました。そして、美容師という夢も決めていました。

6年間一緒のクラスだった女の子がいます。数学と国語のとき特別支援学級に行く子です。

親ぐるみで出かけるほど仲の良かった彼女は、学年が上がるごとにクラスで孤立するようになりました。

4年生くらいまでは、担任がいい人でした。僕もまだその頃は放課後に担任と彼女と3人でお話したりしていました。
5年生になって、なにも話さなくなりました。
彼女と話せば、他の人と付き合えなくなるからです。


卒業してからわかったことが、彼女が軽度の自閉症だったことでした。

軽度の知的障害と軽度の自閉症。
本来なら普通の中学に進学できてもおかしくなかっただろうに、結果的に彼女はそれができなかった。


なにも僕のせいじゃない。
それはわかってる。

僕のせいかもしれない。
それも思ってる。


小学校ではほかにも、出会いがありました。


中学でいろいろな人に出会いました。

親に精神科に連れていかれるひと。そこで『思春期鬱』なんてしょうもない病名をつけられて悲しむひと。気にしないひと。
通院するひと。
自傷の跡のせいでユニフォームが着れなくなり部活をすぐやめたひと。


小学6年生から自傷をしていた僕には、とても身近なひとたちです。


跡がひどく残るようになって、美容師の夢が遠のいていた。

高校受験を終えてから、大学進学を考え始めました。


傷のある僕にできないこと。

じゃあ、傷のある僕にしかできないこと。


この僕にしかわからないこと。気持ち。



考えついたのが臨床心理士になることでした。

いまは家庭の事情で心理カウンセラーに変わりましたが、やりたいことはかわっていません。



僕にしか救えない子がいると思うんだ。



今日はこれからも忙しい。


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明日もみんなに優しい幸せが降りますように。
では