緋色の『今日色“kon-jiki”』

緋色の『今日色“kon-jiki”』

緋色、もう子供ではないらしい。

色々好きなものはあります。言い出せばきりがないので、ブログを読んで見つけてください。

Amebaでブログを始めよう!

 

 

お久しぶりです。緋色です。

 

大学3年生になりました。15歳で死ねなかったって泣いてた子が。あと2年で20歳とか言ってたけど、今月21歳になります。

緋色が中学生から見ていてくれる人はまだいるかな。

 

 

最近死にたくなったときに出会った曲があって、さっきまた聞いていて、お話ししたくて帰ってきました。

パソコンで書いてるから、スマホだと見にくいかも。

 

 

 

「一錠」という曲です。

 

歌詞のすべて、歌い手さんの歌い方、優しい音楽。中学・高校くらいのころの死にたい、という毎日を思い出すことができました。

 

 

夏休み前のテストが近くなって、塾から帰ってきて勉強をしているんですけど日が長くてもう外が明るいんです。

もう2.3時間後とかには満員のバスに揺られて一時間かけて学校に行かなければならない。このまま夜が明けなければいいのにな。そう思いながらベッドに寝そべる。

 

そんな日々を超えると昼夜問わず意識がぼうっとする日々に変わる。風を受けていないと狭い自室で息ができなくなってしまいそうで、窓が閉められない秋。

このブログを始める少し前だったと思いますが、Twitterでよく見ていた方がいました。その方が希死念慮から自宅から飛び降りたことがありました。本当かはわかりません。

それを見て、自分も自室の開け放った窓から何度か飛び降りようとしていました。できなかったけど。高校1年のときも球技大会のときに4階の教室から飛び降りようとしたけどできなくて、来年やればいいやって思ったんです。でも結局1年生の冬のうちに不登校になっちゃって2年生の球技大会までは学校にいられませんでした。

 

傷だらけの手首を眺めていても死ねなかった。

 

何にも感じなくなって、手首を切っているときが一番幸せだった気がします。

親からカッターを取り上げられた時が一番不幸せでした。

 

自分が二酸化炭素を吐き出すだけの廃棄物だと感じ始めました。どんなに生きる価値を見いだそうとボランティアをして毎日笑顔でいても、その思想は変わりませんでした。

 

地元から離れて、電車が身近になりました。飛び込みたいです。

 

市販の薬を飲んでよく眠っていました。おととしから去年くらいにかけて。市販薬をたくさん摂取したのは高校生のとき。

昔から言ってるけど、砂になってサラサラって消えたいな。

 

そういう僕の過去と現在に寄り添ってもらえるような優しい曲でした。

 

 

今は特に、自分の性自認と戦っています。

死んでしまったら楽だけど、生きることのほうが今のうちは楽かな。「一錠」に出会ったときみたいに、死にたい時に限って死なせてくれなかったりするから。

 

 

明日もみんなに優しい幸せが降りますように。

では