同級生が逝った。
と、聞いたのは、
同窓会の後。

時節柄、喪中葉書が
舞い込んでくる。
その中で、
年賀状のやり取りをしていた
友人先へそれが投函された。
送り主は同窓生のご主人様。

2月9日。
そこから、
もう10ヶ月が経とうとしている。
同級生に知らせない配慮。
若しくは、
妻の不在を知らせられない、
いや、
事を大きくしたくない現実。

同窓会の幹事さん、
出欠の確認のみ。
よって、配偶者様からの
コメントを見逃した。

いや、見逃したのではない。
逝ってしまった彼女の配慮。

もし、同窓会の席で
彼女の惜別を知らされて
居たならば?

そりゃ、動揺する。
会は沈む。
あんなに
笑い涙を流せずにいた。

きっと、空の上から、
いつもの彼女らしく、
ツッコミを入れながら、
豪快に共に笑っていたに
違いない。

死生観というのは、
人それぞれ、違う。

自身、余命半年と言われた。
死に直面したとき、
私は泣いた。
何で私が?
原因が分かるだけに、
辛かった。

私はこの余命と言うものが、
告げられたほうが、
良いのか、悪いのか?
わからない。
本当に2年間の闘病。
そして、緩解時期を終えて、
治癒、の言葉を聞いた時、
医師は「よく頑張りました。」
そして、
握手でして締めくくった。
心からの開放と安堵。

今現在、担当医師は
その病院には居ない。
けれども、
まだ、生きている!
を証明し続けている。

如何なる経過であったでせよ、
もう、彼女はいない。
その原因を知ったところで、
それは、こちらの気持ちだ。
こちらが知りたいだけだ。
お身内にどうだったのですか?
ご病気?事故?
などと、聞ける神経を
私は持ち合わせていない。 
ワイドショーでもあるまい。
どこからか、
耳に入ってきたら、
素直に受け止めるだけだ。
それで良い。

勿論、
彼女が戻って来る手立てが
あるとしたら、教えてほしい。

若い。本当に若い。
本人の無念は計り知れない。
ご家族のお哀しみは
計り知れない。

もう、ご家族は忘れたいと
そして、静かにしてほしいと、
思われているのでは無いか?

グループライン、
作ったことに後悔はない。
けれども、まさか、の事。
この哀しみのラインの応酬は
本当に辛い。
何故なら、「死」の尊厳が
余りにもライングループと言う
安易なツールで伝わって、
まして、
可愛いスタンプなんぞを
使われるのか!  
そして、ご主人様へ 
花を送る? 
ご主人様は仕事を
されているのかもしれない。
電話にもでない。
自宅にも居ない。
花のアレンジメントなら、
心を尽くして作らせて戴く。

けれど、時が経ちすぎている。 

ご家族のお気持ちを、
察してあげようよ。

主語は今はサトコであり、
残されたご家族であるべきだ。

母親を、亡くして、
11ヶ月。
一周忌を迎える。
自分自身の動揺を、 
同級生のそれが
重なって、
今一度、「死」を考える
今がある。